地域活性化の仕事について

2017年6月より地方創生統括監という役職をいただきました。

何が変わるかというと何も変わることはないのですが、これまで以上に力を入れていく必要がでてきたのかなと思っております。

特にIT分野での活動は、具体的なものをどんどん実行していこうと思っております。

現在、長島町では69のプロジェクトを実施しており、その成果を把握しつつ効果があるように改良していくことが必要です。

そうしんでの連載も6月より開始させていただきました。

情報発信はマメにできるようにブログを更新していこうと思います。

 

長崎の造船場にいってみた

長崎に予定があって11月末に行ってきました。

長崎は近くて遠い場所だったので実は人生で初めて行ってみました。

長崎市は、三菱グループの会社ばかりで、城下町になっているのだと改めて思いました。なんでそんなにひとつの企業がつくっているのかということで友人のお父様が三菱重工のOBだったのでガイドしていただきました。

1、地理的な歴史

地図からみると中国大陸に対して、入口のように開いている日本の入江が長崎なのでした。この地図の中に、坂本龍馬の海援隊の会社があったところとかみると当時の海運業が世界を見る上で大切なことだったのだと思いました。今でいうと空港とどれだけ近いのかということでしょうか?

2、エネルギーの歴史

なんでこんなに発展仕方って言うと、軍艦島が理由らしいです。

僕は、軍艦島は横須賀の猿島みたいに日本軍の要塞とかがあったものだと勝手に思い込んでいたけど、全く関係なくて軍艦に遠くからみるとみえるだけらしいです。

ここがすごくいい石炭がとれることで長崎に船はいっぱい荷物をもってこれたらしいです。今で言うと、空港の横にジャット燃料がいっぱい湧いているようなものです。

当時はここには楽園があったらしいです。最高級の家電をつかった贅沢な暮らしがそこにはありました。

それが今となっては廃墟になっているのです。時代は変わりました。

3,歴史の今

だから、岩崎弥太郎とかががんばってここで商売していたんでしょう

造船業が石炭の時代から石油の時代に変わり、軍艦島は廃墟となりました。造船業は三菱重工が船をつくっていて日本の護衛艦とかをつくっていてその迫力はすごかったです。

写真をいっぱい取らせていただきました。

 

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燃料がはいるタンクのつくってる途中の中ではしゃぐ私

 

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外からみたらこんな感じ

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設備が超大きい

 

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今つくっているアイーダ・パーラという超豪華客船。

ドイツの会社が買うらしいのですが、18階建てで中はテーマパークのような仕上がりだそうです。

受注額が1000億円で、つくる費用が1800億かかったそうです。つくるだけで800億円の赤字とはすごい世界なのだなと思いました。

くわしくはこちら

 

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1800億円というと、ウェブの仕事とかしていると実業がわかないのですが、こういうものになるのですね。

 

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とにかくでかい。

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写真を撮らせていただきました。

地政学的な歴史を考えるのには、やっぱり見てみるのが大切だなと思いました。

まとめ

歴史はエネルギーのパラダイムシフトで大きく変わるのだと思いました。

石炭から石油、船から飛行機へ技術革新が起こっていく裏側でその街がどうなるのかという歴史を変えていくのだと思いました。

半世紀ほど前に、太平洋に浮かぶナウルという国では、リン鉱石がいっぱいとれて誰もが外車を乗り回し、仕事をしないで、医療費もガソリンもなんでもタダという最高の国だったと聞きました。それがリンがとれなくなって、今は廃墟のようになり取り残された国民は贅沢な生活を抜け出せず、デブばかり。

その日本版が軍艦島なのではないでしょうか?軍艦島の廃墟を見るために、多くの観光客が押し寄せているそうです。

そこに何を見るのでしょうか?

とても勉強になりました。

 

奄美大島にいってきた

奄美大島に11月21日から1泊2日で行ってきました。

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PRセミナーの講師として招かれて、こういうカタチで行くことが できる場所ができてすごく勉強になるなと思っています。

奄美大島には、12の市町村区があって、それぞれに独特の文化があることが 面白く思いました。

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与論島の文化

その中に「与論献奉」という飲み方があります。 グラスに注がれた焼酎を、それぞれのスピーチをしたあとに 一気飲みをするというただそれだけなのですが、延々と続きます。 本当かどうだか知りませんが、与論島に来た人には、与論献奉で 酔わせて、そのまま連れて帰って、子どもを作ることで 与論島は、内地の人との縁と人口減少に歯止めをかけているそうです。

徳之島の文化

また、徳之島は、最長年齢(120歳超え)が日本一多いらしく ご長寿さんが全国の3倍以上の島なのだそうです。 毎日、肉をたべて外で働くからだそうです。 本当だかどうか知りませんが、自然の生き方は健康に大事なことだと思います。 ダイエットとか、デトックスとか、健康法とか、いろいろ世の中では ブームが起こりますが、やっぱり本来健康とは物欲とは結びつかないのなのかも しれません。

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遊牧民は「ノマド」じゃなくて、「ベンチャー」だと思った話

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2014年くらいから、日本でノマドブームのようなものがはじまった。

いわゆるオフィスを持たず、PCひとつでどこでも仕事をするライフスタイルだ。 スタバでMacBookを広げて仕事するライフスタイルはカッコよくうつっていた。 そんな世の中の流れに違和感を覚えたことも当時思っていた。

ということで、今回、夏休みをいただいてノマド大国モンゴルに行ってきた。

・モンゴルの国民について

日本の約4倍の国土を有するモンゴルには、人口300万人しかいない

日本の人口30分の1の国民に4倍の国土なので、単純計算して1人あたり120倍の土地が ある。

生まれたと同時に国から、0.7ヘクタールの土地(100m×70m)の土地がもらえる。 それだけ土地があるってことである。

この国には、海がなくただただ大地が広がるばかり。 未開拓な市場がある。

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・遊牧民の生活

CEO(遊牧民の主人)は、だいたい平均すると300人くらいの社員(家畜・馬羊牛ヤギなど)と一緒に 昼も夜もいっしょに生活する。社屋は広がる大地、社長室(ゲル)はだいたい2人くらいしか 入れない。

だいたい社長室の横には、CTO(番犬)がいてセキュリティを強化している。

広大な市場(牧草地)を、開拓していく。
社員(家畜)に与えられるKPIは、よりよいアウトプット(乳製品・革製品・肉など)をつくることである。

そのために毎日、朝から晩まで定常業務(草を食べること)にあたる。優秀な社員ほどよい成果をあげる。
CEO(遊牧民)の仕事も過酷である。毎日の社員(家畜)の行動管理をするだけでなく、新製品の開発をする(馬具を自ら作ったり 布を作ったり全部自分で作っている)

会社(ノマド)は、だいたい年に4回オフィス移転(ゲルの移動)をする。
社屋の移動は、外部環境の変化が激しい(気温の変動がきびしい)からである。
冬場は気温がマイナス40度になるので、牧草地は凍土と化す。(9月の現在でも気温は10度を下回っていた)

6年前(2010年)には、リーマンショック(大寒波)がきて、全国で家畜が1000万匹死んでしまったらしい。
全国にいるサラリーマン(家畜)が3500万なので、約30%の社員が厳しい環境で、死んでしまったということだ。

そのため社屋(ゲル)は移動が簡単なもので、約2時間で解体・設置ができる。そして 何より必要以上のものを持たないのが特徴である。

そうした厳しい環境のなか、社員と家族を文字通り食べさせていくのがノマドである。

・遊牧民の技術革新

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常にノマドは、新しいテクノロジーの動向には目を向けている。 太陽光パネルを設置して、自家発電をしながらテレビをみたりしている。 エコにも優しいのがノマドである。

・ノマドのゴール

ノマドのCEO(遊牧民)は、この外部環境をよく見た上で、季節ごとに新しいマーケットへと社員を連れて移動する。 ノマドは、収益をあげて(家畜の数を増やす)いくことが目的である

ノマドあたり1000人(1000匹)の社員を超えると IPOが見えてくる(国から認められ賞が与えらえる)。
しかし、数年前の不況(大寒波)のときに、会社をやめた人も多いらしい。 もちろんバイアウト(財産を売って)都市部に生活するようになった人も多い。 人口の約半分(150万人)が、ノマドをやめてしまった。
年々、ノマドの数は減っているらしい。

 

・ノマドのやりがい

遊牧とは、生きること。

その日暮らしではなく、大いなる自然と向き合い動物たちと一緒に生きること。 人間本来が厳しい自然と向き合った中で、考え抜いた叡智の集合である。 エネルギーやテクノロジーに頼りきった生活をしている私たちよりも何かあった時に 生き残れるのはこういう人々なのではないだろうかと思った。

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だから、日本で言われるような「ノマド」とは、本質的に異なるのだ。
ノマドは、個人経営者じゃなくて社員(家畜)と一緒に生きていくそういう覚悟をもった ベンチャーなんだなぁと思った。

※社員を家畜と例えているのは、別に悪い意味ではなく一緒に生活をする仲間という意味です。 深いな思いをさせてしまったら申し訳ございません。

都心で行われる地方創生セミナーに対する違和感

閉塞感のある会社生活で、地方を活路にしている。雑誌やニュースをみても地方創生の文字で踊らされている。

希望難民ご一行様

少し前に話題となった新書で、ピースボートに乗る若者と似たものを最近の地方志向と同じ構造を感じている。

本書で描かれるのは、「若者をあきらめさせない社会」をピースボートに乗って自分探しをしている若者に視点を当てて解説している。

「ここではないどこか」を地域に求めるのは分かる気がするが、地方にあるのは「どこでもないここ」であり、地域で求められる人材と移住をしたいといって都心の移住セミナーにでている人には大きなギャップがあることに違和感を感じざるを得ない。

そういう私も、一部ではそのような言動をしているだろうし、そう見える部分も多分に多いと思う。

現在、東京と鹿児島の二拠点での生活をしているので、その違和感が日に日に増している。

では、どうしたらいいのか

「なにでもない私」という自己認識をもち、「圧倒的なスキルセット」をもって、「活躍できる場」を探すほかないのではないか。そのひとつに地方がある。いや地方もある。という認識が必要なのではないか。

戦後直後の日本の海外移住のように、ここにはないユートピアを煽るのはやめてほしい。それも当事者ではなく、よくわからない地方創生コンサルタントとか、地域のために活動していると自称する都市部の企業が声をあげないでほしい。

 

年始のご挨拶

すこし落ち着きまして、ようやく日記を更新いたします。

年末年始は、鹿児島・沖縄と南九州にずっと出ていました。

ホームが鹿児島にあることもあり、ぐるっと鹿児島を車で回ってきました。

長島から南に100kmくらいいったところにある3日には知覧にある知覧特攻平和記念館に行きました

沖縄では、学徒動員によって戦争にいった女学生を祀るひめゆりの塔に行ってきました

退職しました

退職のお知らせ 2015年07月31日号

LUXA ルクサ 07月31日 土井、ルクサやめるってよ 号外

2011年4月に入社させていただき4年間、ルクサの成長と自分の成長を体験することができました。次のステージでも飛躍を続けます。

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2010年の10月25日に、一通のメールが僕とルクサとの出会いでした。
当時24歳、社会人歴3年目の私は当時渋谷の雑居ビルの4階にあったルクサのオフィスを訪れました。
まだそのころはルクサとビズリーチは一緒のオフィスで働いているころです。
前職は社員数5000人くらいの楽天という会社だったので、その規模の会社しか知らなかった私は

「これぞベンチャーか」

と、デスクを囲んでの全体会議など、まったくの別世界にびっくりしたものでした。

その中でも、記憶に残ってるのはトイレです。
NT渋谷ビルの時はトイレが1つしかなく、だれかが入ってると止められない便意をそのままに近くのセルリアンタワーに駆けこむ日々でした。
ルクサがクロスタワーのようなところに移転してトイレが充実している環境で働けるとは思っていませんでした

村田さん、新津さんも今まで出会ったことのない人種でした。

ふたりのただならぬ雰囲気に恐れおののきながらも、この会社でやっていくぞ!と決意を堅めました。

入社した2011年には物販チームの立ち上げを行いました。
商品を仕入れて、売って、配送する、一連の流れを自分たちで深夜遅くまでやる日々は辛くも楽しかったと思い出です。
当時から一緒にやってる物販チームの皆さんには多くのことを学ばせていただきました。
本当にありがとうございました。

2013年に私は一度、会社を休職しました。

将来、政治を志している私は、
「ネット選挙のプロデュースをやりたい。そのため仕事を3ヶ月休ませて下さい」
と相談したところ、
「いいよ」
と寛大に送り出してくれたことには今でも感謝しています。

復職した2013年9月から、ルクサリザーブお立ち上げに参画させていただきました。
ゼロからのサービスの立ち上げをやったことがなかったので、そこからの2年弱は本当に沢山のことを学ばせていただきました。

メンバーにも恵まれ、ルクサリザーブが2014年3月にオープンして、1年やってくることができました。
しかし、まだ収益を出すことができていないサービスです。途中で抜けることになって申し訳ございません

当時から一緒にがんばってるメンバーが本当に成長してくれて十分に任せられると思い、このタイミングで入社当時から考えていた自分の会社をやっていこうと心を決めました。
本日7月31日を最終出社日として、8月からは原宿で仕事を始めます。
まちづくり、IT、政治、NPOなどをテーマに新しいサービスの開発と商売をやっていこうと思っています

最後に、20代の後半をルクサというエキサイティングな職場にいれたことを誇りに思うとともに、心新たに頑張って行きたいと思います。

あっ、最後にわすれていました。

今後はルクサのいちファンとして、ルクサの発展を見届けていければと思います。
みなさまのご多幸とご健勝を心からお祈りいたします。

(担当:土井)

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過去のブログ(GREE)をwordpressに戻してみました

私のブログの遍歴は、2004年から始まります。

当時書いていたブログがこちら

http://blog.livedoor.jp/t04581td

それから、2006年くらいからmovable typeが流行っていたのでそれを大学のサーバーにいれて動かしていました。

しかし、大学卒業後すべての日記は消えてしまいまして、それはもったいないことをしたとおもっていました。

そしたら、当時RSSでmtで書いた日記をGREEに飛ばしていたことがわかりました。

GREEからデータを抽出する方法なんてなくて、問い合わせても返信もないし、そもそもGREEがコミュニティサイトだったこともみんな忘れてしまったんではないかというところです。

それで、最近勉強して覚えたRubyで、スクレイピングして、データをCSV化してWPに無事ダウンロードできました。

http://liginc.co.jp/web/wp/plug-in/58046

ここを参考にしました。

本物は続く。続ければ本物になる

私の育毛活動日記ですが、結構いろんなところで好評いただいておりましたが、最近更新ないねとか言われていたわけでして、ただただいろんな仕事だったりにかまけて更新できていませんでした。でも人知れず私は、育毛活動を続けていたのです。

妻の次に、髪の毛を大事にしている私は、毎日頭皮をマッサージするようにシャンプーしてみたりしています。

月に1回クリニックに通うのですが、昨日は全国統一地方選でしたが、投票行って病院にいって、選挙会場に行きました。

写真をクリニックに行くごとに撮影するのですが、その途中結果をご報告したいと思います。

上が2015年1月21日の初回の撮影日です。20代とは思えないおでこの広がりをみせています。輝かしい将来を、祖父の遺伝子より約束されてきた私は圧倒的に誰よりも前進してしまっていました。

※後頭部はあまり変化がないので右の写真の方だけみてください

2015年1月21日

それから3ヶ月、飲み薬とスプレータイプの薬を続けてきました。騙されたような日が2ヶ月ほど続きました。何も変化しない日々。変わらない日常。

「どいちゃん、育毛活動どうよ?」

みたいな話をいろんな場所でされても大した面白い話もできずうつむくだけの日々が続いていました。

しかし、2ヶ月後くらいからたしかに抜け毛がへるなぁ。髪が伸びたなぁと思っていたわけです。

そして、下の写真が昨日の写真です。

2015年4月26日

 

すこしM字のおでこに産毛が生えてきてような気がします。

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わかりにくいので、並べてみました。

私の尊敬する先輩の格言があります。

「本物は続く。続ければ本物になる」