信用を何で担保するのか

   北京では、ほとんど現金を使わなかった。クレジットカードは一回も使わなかった。ほとんどの会計はWeChatPayで行いました。

WeChat Payは、現地の銀行を持っている人じゃないと使えないのだけど、そこから送金をしてもらえたらあとは自由に入金出金ができます。

使い方はこちらのブログで確認できます。

 

WeChat Payが、ほんとにどこでも使えていました。東京でSuicaが使えるお店ってノリではなくて、それ以上です。

コンビニ・タクシー・自動販売機、ほとんどとのところで使えるようになっていました。

導入コストはほぼゼロ円。だってスマホがあれば誰だって、決済ができるのです。

IMG_0475

お店には、こういうQRコードがおいてあって、これで決済画面にいって、支払いをする。

もしくは、入金金額をWeChatPayで表示して、支払いを終える。

 

IMG_0476

クレジットカード文化が入る前に、スマホ社会がやってきたので、一気に町のインフラが電子決済に動いたのだと思います。

になみに日本でも、ドン・キホーテでインバウンド向けのサービスとしてWechat Payが使えるという話をきいたので、余った元をもって上野のドンキにいってみました。

IMG_2784

店員に「WeChat Payつかえますか?」と聞いたところ、慌ててタブレット端末を奥から取り出して、日本円を元に換算して決済画面にいったのですが、WeChat Payの本人確認をしないと使えないらしく、本人確認をしようとしてもアプリからうまく登録できず断念しました。

なんでこんなに電子決済が中国で普及したかというと、中国では偽札が多かったり、現金に対する信用が少なかったのも原因のひとつだそうです。驚いた話としては、汚いお金が多くて、お金の扱う女性銀行員が、なにもしてないのに、梅毒になったという事件まであるそうです。

記事はこちら

国が発行する、通過よりもネットのほうが安全というのは、分かる気がします。 さらに思考を進めてみると、国が発行する通貨というのが、安心なのかと言う話があります。

兌換紙幣から不換紙幣ができるようになったのが、1942年だそうです。Wikipedia

歴史上この80年の間だけ、信用を印刷した紙(紙幣)として、流通させていた時代なのかもしれません。ビットコインなどの仮想通貨は遅かれ早かれ当たり前に使う時代がやってきて、子どもたちの世代から、「お父さんたちの世代って、印刷した紙で買い物してたの?すごい時代だね」って言われると思いました。

 

IoTの日常 モバイク

 北京市街について一番驚いたのは、圧倒的な数の自転車。昔から自転車は多かったと思うのですが、それが今はいくつかの種類のブランドの自転車ばかりみあたります。

日本にも、福岡に今年6月に上陸したサービス「mobike」。このサービスはすごかった。どこにいってもこの自転車がおいてあって、どこから乗っても、どこで降りても30分1元(16円)で乗れた。すべての自転車がインターネットにつながっていて、アプリで開場施錠を行います。

日本でもダウンロードできるので、絶対していった方がいいでしょう。日本語版のmobikeで中国でも簡単に使えました。SMS認証があるので、日本にいる間に登録しておくことをおすすめします。

立ち上げると、スマホ画面上に近くの自転車が表示されます。が、そんな画面を見なくても、そこらじゅうに自転車が転がっています

IMG_2615

オレンジ色の「mobike」の他に、黄色の「ofo」とか、いろいろありましたが、mobikeが多かったのと、日本語アプリもあるのでそればかり利用しました。技術革新は他にもありました。パンクしないタイヤは、ゴム製の新素材だそうです。

IMG_2606

太陽光パネルを荷台につけて、最低限の電力をとるそうです。サドルは盗難防止に取り外せないようになっていて、盗難しても圧倒的な数が町にはおいてあるのでサドルや自転車の希少価値がほぼ0になっているため売れないそうです。この国で、自転車を販売していた日本メーカー「シマノ」とかはきついと思います。

北京の人口は、約2200万人。東京の1.8倍くらいのところに、ものすごい数の自転車が放置されている。とにかくどこに行ってもこの自転車が落ちている。運営するのは、テンセントが初期に600億円くらいを出資されて2017年だけでも1000億円ちかくを出資されている北京摩拜科技有限公司が担う。この規模の出資が日本のベンチャーにあるだろうか。

 

さて日本では、mobikeのようなシェア自転車サービスがいけるのか考えてみた。中国は圧倒的に平地ばかり。日本は平地が少ないので、自転車の利用が都市部の一部だけになるのでは。日本では、どこへおいてもOKというサービスの利点が活かせるかどうか。違法駐車の問題もあるし、そこが難しいのでは。

そして、今、シェア自転車をdocomoとかが自治体と組んでやっているが、正直駐車スペースを探すのがめんどくさい。それから駐車スペースに自転車の数が少ないので夜のうちにステーションに移動させる人件費がかさむようだ。それを自治体が負担しているから、厳しいのは目に見えている。

IMG_2611

放置自転車を並べる仕事もこんな感じでやっていた。中国の人件費は安い。

資本を投入できるプレーヤーがいるか?テンセントが出資しているのは、どの人がどこに移動したか、その情報を集めるのが目的だそうだ。実際に30分16円で採算がとれるとは思えない。でも完全にインフラになっている。こういう事業をスピード感をもってできるのは、そういう背景があったり国内に強いIT企業がいるからだ。短期的な利益は無視できる圧倒的な資本のちからである。

 

IMG_2604

 

IoT技術が生活インフラに与える影響をまじまじと見させてもらいました。つづく

北京にてスマホ化社会の最先端を知る

北京に来ました。

6年前に来たときとは、景色がガラッと変わっていました。この6年間に、おこったスマホ化の流れを一気に受けて、日本にいるとわからなかったスマホ時代の最先端を見ることができました。

  1. IoTのある生活「モバイク
  2. スマホの世界シェアを誇る シャオミHuawei(ファーウェイ)
  3. スマホ決済がどこでも使える Wechat Pay
  4. 無人コンビニ「已前集団
  5. 中国のネット産業を守った「グレートファイアウォール」
  6. 中国のGoogle「百度
  7. 中国のAmazon「京东-京东官方网站
  8. 考察「仮想通貨は信頼をどう変化させるか」

これを1つ1つ書いていこうと思います

ふるさと回帰フェアから考える新規サービスについて

東京に帰ってきた。

帰ってきたという言葉が正しいのか言葉の選択に悩む。

国際フォーラムで地域の移住相談を全国350くらいの自治体が参加して、わが町のアピールをしていました。その様子は、新卒の企業説明会のようです。

なんでそうなるかというと、移住を目的とする人が求めている情報と来て欲しい人の情報がミスマッチを起こしているからです。そして絶対的に数が多くて、何がいいのか最適解を見つけられないからです。
出身地・勤務履歴・家族構成・子育てに望むもの・交友関係・所得・貯金など、それから働くところ。

転職サービスをやっているところとかが、これからはライフスタイルを変えるサービスとして、複合的に紹介することができればいいのにと思いました。もしかしたらAI時代になってそういうのが変えられるのかもしれないなと思いました。

地方創生のためのメディアキャンプという取り組み

2017年8月1日からメディアキャンプin能登町を開催しました。

2015年に新しくチームとプログラムを作り直しました。

  • 動画の撮影はスマホで行う
  • ドキュメンタリーをつくる
  • 地域に根ざした人やテーマを設定する

ということで、「秋葉原」で再キックオフをして

「長島町」「清水市」とやって「能登町」で今回開催しています。

今回の取り組みは

  • adobeが協賛してくれた
  • 中央信金から協賛をしてくれた
  • 高校生向けに地域の若者が参加してくれた

という点が進化しています。

この取り組みは、全国的にもひろげる座組みができてきました。

興味をもっていただいた自治体や関係者にもっとしってもらいたいです。

地域活性化の仕事について

2017年6月より地方創生統括監という役職をいただきました。

何が変わるかというと何も変わることはないのですが、これまで以上に力を入れていく必要がでてきたのかなと思っております。

特にIT分野での活動は、具体的なものをどんどん実行していこうと思っております。

現在、長島町では69のプロジェクトを実施しており、その成果を把握しつつ効果があるように改良していくことが必要です。

そうしんでの連載も6月より開始させていただきました。

情報発信はマメにできるようにブログを更新していこうと思います。

 

映画のない町で、長島大陸シネマを開催。の話。

3月4日、5日と「長島大陸シネマby shortshors」という映画祭を開催しました。

ここまでの道のりには構想から約1年がかかりました。

田舎には仕事がない。面白いことがない。というけれど、作れば面白いものはいっぱいできると思って、実践するまでの話です。

自宅前で、友人から安くかったビジネス用のプロジェクターを山に写して遊んでいたときのことです。これが映画館みたいになったら面白いなぁとおもったのです。

僕が小さかった時に地元座間のスーパー三和の駐車場で開かれた野外映画みたいなことが30歳になった今でも記憶にのこっています。なんの映画を見たか忘れたけど、そういう思い出をつくれる場所にしたいです。

僕が小学生のときに見たいつもの景色が映画館になる感じ。これを実現したくてクラウドファンディングを、ルームメイトでやろうということになりました。

最終日まで追い込んで、ひとりひとりお世話になった人に連絡をさせてもらって、最終的には目標の150万を超えて、166万のお金を寄附頂きました。

返礼品を渡さず志を理解してもらって寄附をしてもらいました。フタを開けると、みんなでつくった社会創発塾だったり会社だったり30年間で知り合った人がほとんどでした。1万円以上の寄附をいただいた名誉館長の名前は今神社の柱のように名前を刻ませていただきました。

8月にメディアキャンプをやって、今度は広げていこうということで話していたときのこと、別所哲也さんが興味をもっていただいたようで一度千駄ヶ谷に話にいきました。そこで、メディアキャンプのようにPR映像をつくったりすることができないかとか、もっと長編の映画がとれないか、とかいろいろ話していく内に、まず映画祭をやってそういう流れをつくっていけたらと言う話になりました。

映画祭をやるにはどうしようか。

そこで、ちゃんと上映できるようにコンテナハウスを立てることを決めました。そうしんのまちづくり振興基金に申請書を書き、夢とビジョンを膨らませて、50万円の寄附をいただき、川床石油の牧さんと一緒にコンテナを探して、加工してICEBOXというコンテナハウスをつくりました。

そこに、JFAの豎道さんに、魚を運ぶ木製のパレットを調達していただいて即席のウッドデッキができました。

そこに豎道さんに、ペンキを塗ってもらって、おしゃれなところになりました。ICEBOXのロゴと名誉館長のステッカーをつくって貼っておしゃれにしました。

足りない機材もいっぱいあったので、いろいろ買い漁って揃えていきました。

 

さて映画祭当日、どれだけの人がきてくれるだろうかとても不安でした。

町にポスターを貼って、町内報で知らせたり、防災無線で紹介したり、ポストカードを配ったりしました。またこの時期に合わせて、南日本新聞が僕らの活動を記事にしていただきました。当日の朝には、ぼくの個人携帯の番号まで出ているニュース記事をだしていただき薩摩川内の知らないおじさんからの問い合わせの電話でおきることになりました。

昼の会場はそこまでは多くないにしろ、映画の好きな方が集まってくれて、ショートショートの味わい深い作品を鑑賞させていただきました。

夜の会場には、100名くらいの方が集まってくれました。町外からも参加が多く、鹿児島市内、宮崎市内、東京、それに私の友人たちも来てくれました。

会場の設営には、町役場の社会教育課と総務課の諸先輩に文化ホールを借りたり椅子を借りたり鍋を借りたりいろいろ運搬してもらったりすごく協力していただきました。

夜の会場では東町漁協に協賛いただき温かい鰤汁をご用意していただきました。いつもお世話になっている奥様に寒い中手伝っていただきました。それから長島の島美人も振る舞いました。温かい焼酎で温もりました。パーべキューもやってみました。3月の夜はまだすごく冷え込みました。夜遅くまでつきあっていただき2日目も無事終わり大人の文化祭である映画祭は幕を閉じました。

きっとこの企画は今後どうなるのだろう。と思っている方がいるかも知れませんが続けていけるかはわかりません。でも楽しんでもらった人とこれに関わってくれたおそらく300人以上の方と何か面白いことを企画し続けていけたらと思いました。

是非、遊びに来てほしいです。

 

IMG_8315

会場で発表するわたし

IMG_8344

出来上がったICEBOX

IMG_8333

振る舞われた鰤汁

 

IMG_8337

長島の長中

 

IMG_8387

会場の始まる前の準備

IMG_8396

お祭りの様子

IMG_8398

スクリーンにうつる映画を観るみなさん

 

HOW TOよりWANT TOを大事にしたい

想像力を創造力にする。

島TECHを開催しました1月16日ー21日までの5泊6日で、全国から高校生が9名あつまり、高校のない自治体のうちのひとつである長島町で、民泊とWEBサイト制作をするプログラムを開催しました。

メディアキャンプなどもそうですが、僕がパソコンで映像とかウェブとか作ったりすることを仕事にしているわけですが、「なにをつくりたいか」を持っているかが大事で、プログラミング教育とかそういう知識を伝える前に、作りたいものを見つけることが大事だと思っています。

その意味で、今回やったプログラムは第二回目なのですが、生産者の家(今回はヒラメ・鯖・じゃがいも)に民泊させてもらって、その家の家族のような生活をしてそれを伝えるためのウェブサイトをつくるというものです。

魚を捌いたり、仕事の手伝いをしたりして経験した生産者の思いを写真をとったり、取材をしたりしながら、自分たちの経験を追体験させるようなウェブをつくることを6日間がんばってやりました。

16112808_254415998313590_825853841429615792_o 16113051_254416068313583_8307861587614373785_o

できあがったウェブサイトは、岩塚水産むじょかサバ江口ベジファームの3つです。

それぞれウェブサイトの知識がない学生ですが、僕が講師をやって作り方を伝えていきました。

できあがったウェブをみると、生産者の家族の写真があったり、なぜか社長の結婚写真があったり、お手製の料理のレシピがあったり、360度カメラでとった畑があったり、制作会社に作ってもらうサイトより面白いものができたと思っています。

長島町では生産者だけでなくインターネット上の情報発信がまだまだです。

こういうプログラムを通して、

・教育的効果

・町の情報発信

・交流人口の増加

・後継者問題の解決

に繋がっていけばいいと思います。

 

 

16112685_254416041646919_8349511255886890051_o

2016年の振り返り

昨日は車で、三郷のCOSTOKOに行って買い物をしてきました。今日は年末最終日ということで近所の谷中商店街で買い物をしてきました。

来年はどこで正月を迎えるのか、よくわかりませんが2016年も終わりなので備忘録として書いておこうと思うのです。

今年は、自分の仕事をしっかりやることができてきたなと思いました。

1月

年始は福岡と鹿児島で過ごす

沖縄に南川の結婚式に参加しにいく

鹿児島市内でイベントに講演する

 

2月

地域おこし協力隊に仲間ができた

3月

辻調理師専門学校との連携開始

静岡の地域活性化プランコンテストに参加

辻調ツアー開催

4月

車買う

Nセンターの場所とデザインを考える

ハワイに結婚式でいく

5月

メディアキャンプの準備

Nセンターの記者会見

福島の南相馬に視察に行く

6月

武雄市に視察にいく

7月

参議院・統一地方選・鹿児島県知事選

8月

Nセンター開所式

メディアキャンプを開催する

宮崎に行く

9月

モンゴルに旅行にいく

10月

徳山県神山町に行く

11月

島根県邑南町に行く

奄美大島に行く

12月

ロータリークラブで講演する

富山県氷見市に行く

 

 

————

 

1年を通していろんな場所に足を運んで見るものを増やしました。

常に謙虚な姿勢と大きな目標をもっていかないと周りに仲間がいなくなるとおもったのを実践しました。

人の3倍考えて、2倍準備して、人と同じように本番は振る舞う。

そして手柄はとらず、信頼貯金をためていくこと。

これをぶらさずに実施していきたいと思いました。

富山県氷見市で出会ったおじいさんの話

若者のUターンを促進するための奨学金制度「ブリ奨学金」を氷見市で7つの金融機関が協力して協定が結ばれました。

その協定式と意見交換会を兼ねて、21日ー23日まで富山県氷見市に行ってきました。

詳しい内容は、こちらのブログをご覧ください

img_0395

学業のために上京して、ふるさとに戻ってきて仕事を見つけたり作ったりしたら奨学金の返済が不要になる制度で、全国に広がっています。

若者を応援するこういう仕掛けは大事だと思うのに一方で世の中、年配者に優遇されているなぁと思った話を書いておきたいと思います。

 

 

さて、その氷見からの帰りに北陸新幹線に乗ってみたくて、新高岡を目指して歩いていたときのことでした。

img_0414

バス停まで歩いていると、橋の工事があったようで通常のバスの行路がなくなっていて、あらたなバス停を探している間に、予定のバスを乗り遅れてしまい途方にくれていました。すると、横にいたおじいさんも同じ状況に陥っていました。

おじいさんの荷物をもってあげて別のバスの停留所に2人で歩くことにしました。

そのおじいさんは、氷見市で生まれ、大学で金沢にでていき、仕事で全国を転々として自宅は横浜の旭区にあるといいました。年齢は85歳でした。息子さん(おそらく60歳くらい)が希望ヶ丘高校の先輩だということがわかりました。

おじいさんの実家は海岸線沿いの自宅が氷見にあり、自宅に面した浜が国から買う権利をもらったから200万で買う手続きをしに戻ってきたとのことでした。

僕はこのおじいさんと1kmくらい一緒に歩きました。

バスに乗ると、おじいさんはいろいろ教えてくれました。

「横浜市では、私鉄市営バスは年間8400円払うと乗り放題になるのでどこでも無料でいけるんだ」

img_0421_2

といってこのパスを見せてくれました。

北陸新幹線ができて、JRも老人だけが入れる「ジパング倶楽部」というのに入っていて、3割引きで乗れるチケットがあるから、富山まで片道1万円以下でこれるんだとも教えてくれました

img_0418

65歳で定年になったらいっぱい友人たちとゴルフにいったりしていたらしいですが85歳になると6割くらいの友人は死んでるから、さみしいよと言っておられました。そういって富山に戻って、土地を買い戻しているこのおじいさんの背中が少しさみしく見えました。

僕は、聞きました

「氷見に戻って生活したら、どうですか?」

そうすると

「あと長く生きても10年くらいだろうし、今は女房も元気だからいいけど、1人になったらこっちじゃ生きられないよ」

 

———-

すこし話は飛躍しますが、お年寄りに優しい制度はいいのですが、若者がもっといきいきできる制度をつくっていかないといけないなと思いました。移動にしたって高校生や大学生など時間があってこれからの将来を担う人材がいろんな地域にいけるきっかけを作ることに、鉄道会社や行政はもっと頭を使ったらいいなと思いました。

氷見市のぶり奨学金だったり、地方創生でやっておられることは、こういう社会を変える動きなのだと思いました。