王の帰還

あした兄貴が帰ってくる。
本当の自由をもとめてオランダに旅立ち1年、マリファナと自由を抱えて帰ってくる

あした六本木の居住地、NPOハウスとお別れする。
渋谷に移転する。
一風堂と一蘭と六本木の風俗ともお別れだ。

出会いと別れを繰り返す。

きょう、センチメンタルな思いを胸に、座間の八戸山公園に行ってきた。
深夜の暗い森にひとりで入るのには少し気が引けた。

蛍が数匹、お尻に明かりを灯しながら、異性を探して飛び回っていた。
僕の尻にも火がつく思いだった。尻に火をつけて異性を求めていこう

王国の衰退

はんぞーがこんな写真をあげているからちょっと昔を思い返してしまった。

昔のほうがいけてるじゃん。いまユニクロの服しかきてねーじゃん。
大学1年当時、来ていたこの服はカンボジアの民族衣装ともいえないようなぶっ飛んだ服で超気に入っていた。

大学の後輩(谷中)が家に来て、卒アルを見ていくので昔のことを思い出してしまった。

超しゃしゃってるじゃん。
でもみんなから愛されていたんだなーって思って改めて感謝。

近頃は、むずかしい理論をこねくり回して悦に浸ってオナニー三昧だったことにあらためて反省する。あーもてたい

コミュニティソリューションといふ考え方

世の中の問題を解決する方法は3つある。
アマルティアセンやいろんな人が言っていることである

その解決策とは
1、ヒエラルキーソリューション
2、マーケットソリューション
3、コミュニティソリューション

分かりやすいものから
2のマーケットソリューションとは、市場に任せておけば、利己的な活動をする消費者が神の見えざる手によってうまく動いて解決しているというものである。
カネで解決する問題である。
でもそれだけじゃ解決しない問題がいっぱいある。教育とか医療とか競争原理が働かないから。そこで政府が介入するのがヒエラルキーソリューションである。市場に任せられないものを”権限”をもって解決する方法である。

これまで大きな政府、小さな政府、大きなちんこ、ちいさなちんこといろんなところで議論されてきた。

でも3のコミュニティソリューションを無視してはならなくなってきた。
家の周りの掃除とか、誰に言われた訳でもなくやっていることとかである。情報化によってコミュニティはいろいろできてくる。Linuxのオープンソースとかそういうのとか、誰にいわれるでもなくお金が儲かるからやるでもなく、やる活動そういう類のものは実は多かったりする。それがコミュニティソリューションという考え方

人生プランとしては
マーケットソリューションから入り、コミュニティソリューションをおこし、ヒエラルキーソリューションに行き着く。
これがベストだと思っている

最終的には座間市の長になると豪語している。

思い出は時にして大概自分に都合がよくできている

立て続けの2日徹夜から開放され、課題もやらずに大学にいきなんとか乗り切ってきた。

高校の同窓会が2日くらい前にあった。

大概の思い出は自分に都合のいいように片付けていて、そのまま忘れ去っていたことに気づき、対して成長していないなぁと我ながら気づく日だった。

思い出も歴史もそうだ。
勝った者が、都合のいいように解釈して歴史は塗り飾られていく。

西郷隆盛を靖国神社に埋葬すべきだ
僕の”隆”は西郷隆盛からとったらしい。

強く生きようと思うんだ。

分からないことの有用性

「分からないからこそ魅力的なのだ」

芸術品や熱烈な音楽など、何がすごいのか分からないものが世の中にはたくさんある
ベイトソンの論理階級でいうならタイプ3以上の世界であり、選択肢もくそもないただそれが理解不能なものがある。

分からないものを見つけたとき、それをただ否定するのではなく、それについてもっと知りたいもっと考えたい、もっとそばにいたいと思うことが大事だと言われた。

だからではないが、今取り組んでいる課題というかそういう感じの論文は自分の考えをまとめるはずが何もまとまっていない状況が分からないが故に魅力的なのである。

コミュニケーション

今日は演劇教育の講演をききに渋谷に行ってきました。

本来の教育は知識の伝達が重要なテーマだったけれど、これからの社会で必要になっているコミュニケーション能力が近年の若者にすごく低下しているように思えるため、教育プログラムに演劇を導入して、意識を変えていこう!!というものだった。

近頃の若いものは・・・
っていうフレーズに違和感を感じた私はシンポジウムが終わった後、社会学者の宮台真治さんに質問しにいった。

「近年の若者が特にコミュニケーションができないというのはどのようなことから言えるのでしょうか?」

「それは私のフィールドワークの中ではっきり分かるよ。若い女性の欲求不満が増えているんだ。満たされるSEXをしていないからだよ。分かるかい?コミュニケーションの本質はセックスで現れるからね・・・・」

(たしかに満足いっていないのかもしれません。僕も満足していませんし)
とは言えず、なぜか納得してしまった。
コミュニケーション教育はたしかに学校では教わっていない気もする。中学高校で勉強をした覚えはほとんどない。しかし、部活動の思い出はたくさんある。あの経験があってこそ僕にはコミュニケーション能力がついたと思っている。集団協議は自分の欠点や能力の限界を嫌でも感じてしまう。だからこそ他者へ依存する部分と自分で解決する部分を直感的に理解していくものだ。

そして、宮台さんは最後に言っていた。

「若い人の中で幸せのイメージを持っていない奴はバカだ」

幸せのイメージを持っていないのは僕のことだった。
さっき夜の街で両親と3人のこどもが楽しそうに歩いているのを見た。もしかするとあれが幸せのイメージかもしれない。

「本当にすごい奴は人を幸せにできる人のことだ」

そう宮台さんは言っていた。意味を解釈するとSEXで相手を満足させることなのだろう。

まだまだ僕には足りないものだらけだと自戒するのであった。

それにしても教育学者や官僚が「sexをうまくするコミュニケーション教育を実践したいんじゃー」というのにはなぜか共感してしまった。

授業の実習でラブレターを書くようなワークショップがあったらよかったな。

ちんぽこ歌

今日は炎天下のなかハンドボールをしてきた。
高校の文化祭にあわせてOB戦がありまして、これはいかねばと思い行ってきた次第である。

前回後輩に言っておいたことを忠実に後輩が活動していることに私はうれしくなった

前回言ったことは
「東京大学物語を読んで受験に臨みなさい」

そして、今日部室に入ると全34巻がきっちりと部室にならんでいた

江川達也の描く東京大学物語は学歴社会を一種の妄想としてとらえそのアンチテーゼとして性を描く壮絶のドラマである。
後輩がそれを糧に勉学にはげんているなら、何よりである。

しかし彼らが東京大学物語をおかずにしている可能性も否めない。
部室が密室であり、授業の合間のむらむらを発散させるにはもってこいの場所であることもあるだろう。

高校生活を美化して、その思いでをそのままデスクトップに保存しているのはよくありません。しかし、昔のことをゴミ箱に捨てるのもよくないでしょう。
一番いいのは、思い出をフォルダ分けにしてZIPに圧縮してマイドキュメントに保存しておくのがいいでしょう。
そして、飲み会や同窓会のときだけ、そっと解凍して酒のつまみにしてあげるくらいがちょうどいいでしょう。

あたらしいファイルを作るためにもう少しがんばろう

音楽に関する見解

Oからとりあえず聞けと言われてもらった「岡林信康」を今聞いている。

現代には、反体制を歌うソンガーがいなくなったと思う。音楽という親しみやすいメディアをつかって現代風刺をうたう歌も最近はあまり聞かない。

昔からそうかもしれないが、いまのヒットする曲のどれをとってもどこにでもあふれているような恋愛ソングばかりである。恋愛は渇望しているものの、これではどうなのかと思う。好きなときに抱ける暇とカネをよこせと騒ぎ立てたらさぁ大変。

この前のアラビア語の飲み会でもそんなことは話題にのぼった。
反体制こそロックである。

岡林信康の「NHKに捧げる歌」とか、切なくなってしまう

ついでにこの映像はイラクで放映された日本の自衛隊のCMです。
アラビア語を勉強しているみんなは日本の自衛隊に誇りを持てるでしょう
前文

 日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。

 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。

 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。

 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。