2016年の振り返り

昨日は車で、三郷のCOSTOKOに行って買い物をしてきました。今日は年末最終日ということで近所の谷中商店街で買い物をしてきました。

来年はどこで正月を迎えるのか、よくわかりませんが2016年も終わりなので備忘録として書いておこうと思うのです。

今年は、自分の仕事をしっかりやることができてきたなと思いました。

1月

年始は福岡と鹿児島で過ごす

沖縄に南川の結婚式に参加しにいく

鹿児島市内でイベントに講演する

 

2月

地域おこし協力隊に仲間ができた

3月

辻調理師専門学校との連携開始

静岡の地域活性化プランコンテストに参加

辻調ツアー開催

4月

車買う

Nセンターの場所とデザインを考える

ハワイに結婚式でいく

5月

メディアキャンプの準備

Nセンターの記者会見

福島の南相馬に視察に行く

6月

武雄市に視察にいく

7月

参議院・統一地方選・鹿児島県知事選

8月

Nセンター開所式

メディアキャンプを開催する

宮崎に行く

9月

モンゴルに旅行にいく

10月

徳山県神山町に行く

11月

島根県邑南町に行く

奄美大島に行く

12月

ロータリークラブで講演する

富山県氷見市に行く

 

 

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1年を通していろんな場所に足を運んで見るものを増やしました。

常に謙虚な姿勢と大きな目標をもっていかないと周りに仲間がいなくなるとおもったのを実践しました。

人の3倍考えて、2倍準備して、人と同じように本番は振る舞う。

そして手柄はとらず、信頼貯金をためていくこと。

これをぶらさずに実施していきたいと思いました。

富山県氷見市で出会ったおじいさんの話

若者のUターンを促進するための奨学金制度「ブリ奨学金」を氷見市で7つの金融機関が協力して協定が結ばれました。

その協定式と意見交換会を兼ねて、21日ー23日まで富山県氷見市に行ってきました。

詳しい内容は、こちらのブログをご覧ください

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学業のために上京して、ふるさとに戻ってきて仕事を見つけたり作ったりしたら奨学金の返済が不要になる制度で、全国に広がっています。

若者を応援するこういう仕掛けは大事だと思うのに一方で世の中、年配者に優遇されているなぁと思った話を書いておきたいと思います。

 

 

さて、その氷見からの帰りに北陸新幹線に乗ってみたくて、新高岡を目指して歩いていたときのことでした。

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バス停まで歩いていると、橋の工事があったようで通常のバスの行路がなくなっていて、あらたなバス停を探している間に、予定のバスを乗り遅れてしまい途方にくれていました。すると、横にいたおじいさんも同じ状況に陥っていました。

おじいさんの荷物をもってあげて別のバスの停留所に2人で歩くことにしました。

そのおじいさんは、氷見市で生まれ、大学で金沢にでていき、仕事で全国を転々として自宅は横浜の旭区にあるといいました。年齢は85歳でした。息子さん(おそらく60歳くらい)が希望ヶ丘高校の先輩だということがわかりました。

おじいさんの実家は海岸線沿いの自宅が氷見にあり、自宅に面した浜が国から買う権利をもらったから200万で買う手続きをしに戻ってきたとのことでした。

僕はこのおじいさんと1kmくらい一緒に歩きました。

バスに乗ると、おじいさんはいろいろ教えてくれました。

「横浜市では、私鉄市営バスは年間8400円払うと乗り放題になるのでどこでも無料でいけるんだ」

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といってこのパスを見せてくれました。

北陸新幹線ができて、JRも老人だけが入れる「ジパング倶楽部」というのに入っていて、3割引きで乗れるチケットがあるから、富山まで片道1万円以下でこれるんだとも教えてくれました

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65歳で定年になったらいっぱい友人たちとゴルフにいったりしていたらしいですが85歳になると6割くらいの友人は死んでるから、さみしいよと言っておられました。そういって富山に戻って、土地を買い戻しているこのおじいさんの背中が少しさみしく見えました。

僕は、聞きました

「氷見に戻って生活したら、どうですか?」

そうすると

「あと長く生きても10年くらいだろうし、今は女房も元気だからいいけど、1人になったらこっちじゃ生きられないよ」

 

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すこし話は飛躍しますが、お年寄りに優しい制度はいいのですが、若者がもっといきいきできる制度をつくっていかないといけないなと思いました。移動にしたって高校生や大学生など時間があってこれからの将来を担う人材がいろんな地域にいけるきっかけを作ることに、鉄道会社や行政はもっと頭を使ったらいいなと思いました。

氷見市のぶり奨学金だったり、地方創生でやっておられることは、こういう社会を変える動きなのだと思いました。

長崎の造船場にいってみた

長崎に予定があって11月末に行ってきました。

長崎は近くて遠い場所だったので実は人生で初めて行ってみました。

長崎市は、三菱グループの会社ばかりで、城下町になっているのだと改めて思いました。なんでそんなにひとつの企業がつくっているのかということで友人のお父様が三菱重工のOBだったのでガイドしていただきました。

1、地理的な歴史

地図からみると中国大陸に対して、入口のように開いている日本の入江が長崎なのでした。この地図の中に、坂本龍馬の海援隊の会社があったところとかみると当時の海運業が世界を見る上で大切なことだったのだと思いました。今でいうと空港とどれだけ近いのかということでしょうか?

2、エネルギーの歴史

なんでこんなに発展仕方って言うと、軍艦島が理由らしいです。

僕は、軍艦島は横須賀の猿島みたいに日本軍の要塞とかがあったものだと勝手に思い込んでいたけど、全く関係なくて軍艦に遠くからみるとみえるだけらしいです。

ここがすごくいい石炭がとれることで長崎に船はいっぱい荷物をもってこれたらしいです。今で言うと、空港の横にジャット燃料がいっぱい湧いているようなものです。

当時はここには楽園があったらしいです。最高級の家電をつかった贅沢な暮らしがそこにはありました。

それが今となっては廃墟になっているのです。時代は変わりました。

3,歴史の今

だから、岩崎弥太郎とかががんばってここで商売していたんでしょう

造船業が石炭の時代から石油の時代に変わり、軍艦島は廃墟となりました。造船業は三菱重工が船をつくっていて日本の護衛艦とかをつくっていてその迫力はすごかったです。

写真をいっぱい取らせていただきました。

 

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燃料がはいるタンクのつくってる途中の中ではしゃぐ私

 

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外からみたらこんな感じ

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設備が超大きい

 

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今つくっているアイーダ・パーラという超豪華客船。

ドイツの会社が買うらしいのですが、18階建てで中はテーマパークのような仕上がりだそうです。

受注額が1000億円で、つくる費用が1800億かかったそうです。つくるだけで800億円の赤字とはすごい世界なのだなと思いました。

くわしくはこちら

 

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1800億円というと、ウェブの仕事とかしていると実業がわかないのですが、こういうものになるのですね。

 

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とにかくでかい。

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写真を撮らせていただきました。

地政学的な歴史を考えるのには、やっぱり見てみるのが大切だなと思いました。

まとめ

歴史はエネルギーのパラダイムシフトで大きく変わるのだと思いました。

石炭から石油、船から飛行機へ技術革新が起こっていく裏側でその街がどうなるのかという歴史を変えていくのだと思いました。

半世紀ほど前に、太平洋に浮かぶナウルという国では、リン鉱石がいっぱいとれて誰もが外車を乗り回し、仕事をしないで、医療費もガソリンもなんでもタダという最高の国だったと聞きました。それがリンがとれなくなって、今は廃墟のようになり取り残された国民は贅沢な生活を抜け出せず、デブばかり。

その日本版が軍艦島なのではないでしょうか?軍艦島の廃墟を見るために、多くの観光客が押し寄せているそうです。

そこに何を見るのでしょうか?

とても勉強になりました。

 

31歳になりました

12月1日に、31歳の誕生日を迎えました。

20代は基本的にはサラリーマン生活をしていたのに比べて、30代に突入して、独自の進路を歩み始めたので、何が起こるか分からないのですが、毎日なんとか楽しく生きていくことができています。

髪の毛の抜ける量と、γGTPの増加の勢いが止まりません。

これからもよろしくお願いします