15年前の話。みんなの夢

J-POPのようなタイトルですが、私の高校生時代の思い出です。

私の通っていた高校は、神奈川県では歴史の古いところで、学習は自学自習、行動は自律自制をすすめる校風でした。簡単に言えば放任主義です。

例えば、制服はなく自由な服装で通学ができ、学業よりも学内のイベントを優先していたり、学校の定期テストは学生と先生の協議によって実施するかどうかを決めるといった感じでした。

なぜそうかというと、歴史が古く学生運動を盛んにやった先輩方の影響で、学生自治が重んじられていたとのことでした。

そんな高校生活の中で印象的な出来事がありました。それは、高校2年生の特別授業のときのことでした。高校の先輩にあたるという経営者の方が公演されるということで全学年が体育館に集合しました。その経営者というのが、「和民」グループでおなじみの「渡邉美樹」社長さんでした。

当時から有名だったと思うのですが、私も高校生だったので居酒屋というものに入って飲んだりすることはまずありませんでしたので、そのすごさを当時は理解していませんでした。

その講演のなかで記憶に残ってることがいくつかあります

  • 渡邉さんが希望ヶ丘高校の図書室で、本を読みまくっていたこと
  • 佐川急便でバイトして貯めたお金で起業されたこと
  • 夢に日付をつける。夢を目標にするには具体的な期限や成果を考えて行動すること

そんな話を全校生徒の前でしてくださっている中、私たち高校生活の態度があまりにも悪く、ありがたい話をされているにも関わらず、生徒同士の私語は止むことはありませんでした。その状態を見かねてた渡邉さんが生徒たちを壇上から一喝されたことを鮮明に記憶しています。

夢に日付をつける」ということで、渡邉さんは財団をつくって、若者の夢を応援する、みんなの夢コンテストを8年前から開催されています。これからがんばろうとしている若者を応援しているコンテストです。

今回、私も応募させていただき、2次面接に進むことができました

選考が進めば、みんなの前で夢を語れるようになります。がんばります。

ハレの日にできるだけ大きな鰻を食べよう

先日、日本一の鰻の生産量をほこる鹿児島県大崎町にある株式会社鹿児島鰻を見学させていただきました。

全国のうなぎの約40%くらいは鹿児島で作っていて、鹿児島6000tのうち1000tはここで作っているというのだから規模の大きさは分かると思います。まず驚いたのが、日本一の鰻の生産をしている会社の社長がすごく若い方だったということ。30歳でおられる斉藤社長は、先代から引き継ぎ事業を拡大されてこられたとのことです。

うなぎの養殖は、きれいな川の横に設備を作ってそこで行われおり、外からみるとビニルハウスのようです。


うなぎの消費量が、10年くらい前にあった中国産うなぎの産地偽装問題から、減ってここ5年間でくらいで85%くらい減ってるらしいです。私たちは気づかないうちに圧倒的にうなぎを食べなくなっていたのです。

昔はどこの川でもとれたといううなぎが今いなくなってきているそうです。一番おそれていることはワシントン条約でウナギが、その指定に入ってしまうと海外からの稚魚が手に入らなくなり、生産ができなくなるということです。そして私たちの家庭にはうなぎをもっと食べられなくなるとのことです。


この鹿児島鰻の社長が、最近、人工孵化に成功したと嬉しそうに話してくれました。自然界から稚魚を取り続ければ環境負荷が多いので、それを企業が独自に実用化に向けて取り組んで成功したとのことです。すごい

最後に、私たちはどううなぎと向き合えばいいかと聞くと、「うなぎはハレの日に大きなうなぎを食べてください」とのことでした。

スーパーに出回るうなぎは1尾200g〜250くらいで、1500円くらいで売れらています。これらはスーパーで売れる価格帯のため小さなうなぎのまま出荷されていくそうです。それに引き換え、贈答用のうなぎは、350gくらいで百貨店や贈り物、ふるさと納税の返礼品で扱われています。

同じうなぎの稚魚から、大きなものをちゃんとした対価で買えば、消費者が環境負荷に貢献できて、そうやっている企業を消費で応援すれば、人工稚魚もできるようになって、私たちの子供の世代も日本のうなぎを食べられるのかもしれません。

大崎町のふるさと納税はこちら

今度は、大崎町が日本で10年連続ゴミのリサイクル率No1の理由とその取り組みについて書こうと思います。