遊牧民は「ノマド」じゃなくて、「ベンチャー」だと思った話

img_6586

2014年くらいから、日本でノマドブームのようなものがはじまった。

いわゆるオフィスを持たず、PCひとつでどこでも仕事をするライフスタイルだ。 スタバでMacBookを広げて仕事するライフスタイルはカッコよくうつっていた。 そんな世の中の流れに違和感を覚えたことも当時思っていた。

ということで、今回、夏休みをいただいてノマド大国モンゴルに行ってきた。

・モンゴルの国民について

日本の約4倍の国土を有するモンゴルには、人口300万人しかいない

日本の人口30分の1の国民に4倍の国土なので、単純計算して1人あたり120倍の土地が ある。

生まれたと同時に国から、0.7ヘクタールの土地(100m×70m)の土地がもらえる。 それだけ土地があるってことである。

この国には、海がなくただただ大地が広がるばかり。 未開拓な市場がある。

img_6594

・遊牧民の生活

CEO(遊牧民の主人)は、だいたい平均すると300人くらいの社員(家畜・馬羊牛ヤギなど)と一緒に 昼も夜もいっしょに生活する。社屋は広がる大地、社長室(ゲル)はだいたい2人くらいしか 入れない。

だいたい社長室の横には、CTO(番犬)がいてセキュリティを強化している。

広大な市場(牧草地)を、開拓していく。
社員(家畜)に与えられるKPIは、よりよいアウトプット(乳製品・革製品・肉など)をつくることである。

そのために毎日、朝から晩まで定常業務(草を食べること)にあたる。優秀な社員ほどよい成果をあげる。
CEO(遊牧民)の仕事も過酷である。毎日の社員(家畜)の行動管理をするだけでなく、新製品の開発をする(馬具を自ら作ったり 布を作ったり全部自分で作っている)

会社(ノマド)は、だいたい年に4回オフィス移転(ゲルの移動)をする。
社屋の移動は、外部環境の変化が激しい(気温の変動がきびしい)からである。
冬場は気温がマイナス40度になるので、牧草地は凍土と化す。(9月の現在でも気温は10度を下回っていた)

6年前(2010年)には、リーマンショック(大寒波)がきて、全国で家畜が1000万匹死んでしまったらしい。
全国にいるサラリーマン(家畜)が3500万なので、約30%の社員が厳しい環境で、死んでしまったということだ。

そのため社屋(ゲル)は移動が簡単なもので、約2時間で解体・設置ができる。そして 何より必要以上のものを持たないのが特徴である。

そうした厳しい環境のなか、社員と家族を文字通り食べさせていくのがノマドである。

・遊牧民の技術革新

img_6589

常にノマドは、新しいテクノロジーの動向には目を向けている。 太陽光パネルを設置して、自家発電をしながらテレビをみたりしている。 エコにも優しいのがノマドである。

・ノマドのゴール

ノマドのCEO(遊牧民)は、この外部環境をよく見た上で、季節ごとに新しいマーケットへと社員を連れて移動する。 ノマドは、収益をあげて(家畜の数を増やす)いくことが目的である

ノマドあたり1000人(1000匹)の社員を超えると IPOが見えてくる(国から認められ賞が与えらえる)。
しかし、数年前の不況(大寒波)のときに、会社をやめた人も多いらしい。 もちろんバイアウト(財産を売って)都市部に生活するようになった人も多い。 人口の約半分(150万人)が、ノマドをやめてしまった。
年々、ノマドの数は減っているらしい。

 

・ノマドのやりがい

遊牧とは、生きること。

その日暮らしではなく、大いなる自然と向き合い動物たちと一緒に生きること。 人間本来が厳しい自然と向き合った中で、考え抜いた叡智の集合である。 エネルギーやテクノロジーに頼りきった生活をしている私たちよりも何かあった時に 生き残れるのはこういう人々なのではないだろうかと思った。

img_6516

————

だから、日本で言われるような「ノマド」とは、本質的に異なるのだ。
ノマドは、個人経営者じゃなくて社員(家畜)と一緒に生きていくそういう覚悟をもった ベンチャーなんだなぁと思った。

※社員を家畜と例えているのは、別に悪い意味ではなく一緒に生活をする仲間という意味です。 深いな思いをさせてしまったら申し訳ございません。

都心で行われる地方創生セミナーに対する違和感

閉塞感のある会社生活で、地方を活路にしている。雑誌やニュースをみても地方創生の文字で踊らされている。

希望難民ご一行様

少し前に話題となった新書で、ピースボートに乗る若者と似たものを最近の地方志向と同じ構造を感じている。

本書で描かれるのは、「若者をあきらめさせない社会」をピースボートに乗って自分探しをしている若者に視点を当てて解説している。

「ここではないどこか」を地域に求めるのは分かる気がするが、地方にあるのは「どこでもないここ」であり、地域で求められる人材と移住をしたいといって都心の移住セミナーにでている人には大きなギャップがあることに違和感を感じざるを得ない。

そういう私も、一部ではそのような言動をしているだろうし、そう見える部分も多分に多いと思う。

現在、東京と鹿児島の二拠点での生活をしているので、その違和感が日に日に増している。

では、どうしたらいいのか

「なにでもない私」という自己認識をもち、「圧倒的なスキルセット」をもって、「活躍できる場」を探すほかないのではないか。そのひとつに地方がある。いや地方もある。という認識が必要なのではないか。

戦後直後の日本の海外移住のように、ここにはないユートピアを煽るのはやめてほしい。それも当事者ではなく、よくわからない地方創生コンサルタントとか、地域のために活動していると自称する都市部の企業が声をあげないでほしい。