六本木の夜

六本木の町は眠らない。
今日はひとりこの町の明かりを見つめながら思いを馳せている。

心労は半端なく、夏休みに気は休まらず。
気を休めると、巨大な不安に襲われるんだ。

だから僕は走った。
そう、闇雲に走ったんだ。

座間から海老名そして綾瀬へと・・・2時間あまり奔走してみたんだ。
田んぼのみどりはやけに鮮やかで、空は思ったよりも遠く広くて気持ちがいいんだ。

ひぐらしが僕に、やさしく語りかける

「そっちはどうだ?うまくやっているか?こっちはどうさ。どうにもならんよ。今んとこはそんな感じなんだー」

みんなはインターン。僕はムンターン。

溶け出していく季節なのさー
あーいーしーあうふたりー。ハニカンデー

何にもしゃべらず。見詰め合うー

プリーズプリーズ

あーこんな夜は六本木の風俗でも行くかー

夏生

怒涛のような忙しさから一気に解放された私はもてあます暇と戦っています。
先週はプレゼンが3つにテストが4つにレポートが4つとなんとも普通の学生のノリで「やべー。えぐい」とか喚いていましたが、本日のわたしといえばワンピースを読んで「海賊王になるかー」とぼやいてみたり、映画版NANAを見て「わざとだよ」の名シーンをリピートして見て妄想をひろげてみたり、と不毛の時間を費やしている

世間は夏夏といっているけど、あまり夏らしくない。
スイカも食べたくないし、花火もしたくない。けれどから揚げがたべたい。

裾野の肉屋ヤマザキのから揚げがたべたい。滝を見に行こう。
そうだ北海道にも行くんだった。

でも、いまはベッドから起きようとも思わない。あの子は元気かな。

そうだ京都へいこう

見解

貧しい家庭に育ったわけではない僕は、お金に対してそこまで執着心がない。
これは良いことが悪いことか別にして、ビジネスをやっていく上ではきっとフリになるだろう。

社会起業家という概念がある。
社会的リターンと経済的リターンの両方を追及していく人間を指す。
ホモエコノミクスの人間には理解しがたいだろう。そもそも社会的リターンとはなんぞやと。

社会的リターンとは、お金に還元できない価値あるものを指す。
そういう生き方もあるということを知れてよかった。

著者の渡邊奈々さんが来た。
オノヨーコのような風貌の彼女はたんたんと話していた。

「やるならメインストリームでやりなさい。何事も大きく出なくちゃ」
と根も葉もないことを言っていたけれど、僕もそうだと思った。
地道な活動が身を結ぶとは言うけれどそれは数少ない事例を持ち出して言ってるだけ

チャンス・時間がある今だからこそ、メインストリームを攻めよう。

最近は丸の内に足しげく通い、日本のメインストリームから攻めていく。

プープープ

中田のブログが反響を呼んでいる。

中田の書いた文には熱が入り、個人発信型のメディアの強みが前面に出ていて面白い
一流の男は、どこまでいっても一流なのだろう。

?1985年12月1日 – 2006年6月22日?

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

この中田がサッカーを始めた日に、僕は生まれた。
1985年12月1日。
この日はきっと偉大な日なのだろう。

災難

トラックバックの機能を使っている人はどのくらいいるのでしょうか?
僕は最近知ったのですが、記事に関連したことを書くのにこの昨日は有用らしいですね。

とんだ災難です。このブログが海外のエロサイトにトラックバックされています。
そんなサイトにはなんの縁もないのですが、つながっちゃいました。

今日から明るく生きようと思ったので、久しぶりに髪を明るくしてみました。断髪もしました。
夏がきます。