地域活性化の仕事について

2017年6月より地方創生統括監という役職をいただきました。

何が変わるかというと何も変わることはないのですが、これまで以上に力を入れていく必要がでてきたのかなと思っております。

特にIT分野での活動は、具体的なものをどんどん実行していこうと思っております。

現在、長島町では69のプロジェクトを実施しており、その成果を把握しつつ効果があるように改良していくことが必要です。

そうしんでの連載も6月より開始させていただきました。

情報発信はマメにできるようにブログを更新していこうと思います。

 

映画のない町で、長島大陸シネマを開催。の話。

3月4日、5日と「長島大陸シネマby shortshors」という映画祭を開催しました。

ここまでの道のりには構想から約1年がかかりました。

田舎には仕事がない。面白いことがない。というけれど、作れば面白いものはいっぱいできると思って、実践するまでの話です。

自宅前で、友人から安くかったビジネス用のプロジェクターを山に写して遊んでいたときのことです。これが映画館みたいになったら面白いなぁとおもったのです。

僕が小さかった時に地元座間のスーパー三和の駐車場で開かれた野外映画みたいなことが30歳になった今でも記憶にのこっています。なんの映画を見たか忘れたけど、そういう思い出をつくれる場所にしたいです。

僕が小学生のときに見たいつもの景色が映画館になる感じ。これを実現したくてクラウドファンディングを、ルームメイトでやろうということになりました。

最終日まで追い込んで、ひとりひとりお世話になった人に連絡をさせてもらって、最終的には目標の150万を超えて、166万のお金を寄附頂きました。

返礼品を渡さず志を理解してもらって寄附をしてもらいました。フタを開けると、みんなでつくった社会創発塾だったり会社だったり30年間で知り合った人がほとんどでした。1万円以上の寄附をいただいた名誉館長の名前は今神社の柱のように名前を刻ませていただきました。

8月にメディアキャンプをやって、今度は広げていこうということで話していたときのこと、別所哲也さんが興味をもっていただいたようで一度千駄ヶ谷に話にいきました。そこで、メディアキャンプのようにPR映像をつくったりすることができないかとか、もっと長編の映画がとれないか、とかいろいろ話していく内に、まず映画祭をやってそういう流れをつくっていけたらと言う話になりました。

映画祭をやるにはどうしようか。

そこで、ちゃんと上映できるようにコンテナハウスを立てることを決めました。そうしんのまちづくり振興基金に申請書を書き、夢とビジョンを膨らませて、50万円の寄附をいただき、川床石油の牧さんと一緒にコンテナを探して、加工してICEBOXというコンテナハウスをつくりました。

そこに、JFAの豎道さんに、魚を運ぶ木製のパレットを調達していただいて即席のウッドデッキができました。

そこに豎道さんに、ペンキを塗ってもらって、おしゃれなところになりました。ICEBOXのロゴと名誉館長のステッカーをつくって貼っておしゃれにしました。

足りない機材もいっぱいあったので、いろいろ買い漁って揃えていきました。

 

さて映画祭当日、どれだけの人がきてくれるだろうかとても不安でした。

町にポスターを貼って、町内報で知らせたり、防災無線で紹介したり、ポストカードを配ったりしました。またこの時期に合わせて、南日本新聞が僕らの活動を記事にしていただきました。当日の朝には、ぼくの個人携帯の番号まで出ているニュース記事をだしていただき薩摩川内の知らないおじさんからの問い合わせの電話でおきることになりました。

昼の会場はそこまでは多くないにしろ、映画の好きな方が集まってくれて、ショートショートの味わい深い作品を鑑賞させていただきました。

夜の会場には、100名くらいの方が集まってくれました。町外からも参加が多く、鹿児島市内、宮崎市内、東京、それに私の友人たちも来てくれました。

会場の設営には、町役場の社会教育課と総務課の諸先輩に文化ホールを借りたり椅子を借りたり鍋を借りたりいろいろ運搬してもらったりすごく協力していただきました。

夜の会場では東町漁協に協賛いただき温かい鰤汁をご用意していただきました。いつもお世話になっている奥様に寒い中手伝っていただきました。それから長島の島美人も振る舞いました。温かい焼酎で温もりました。パーべキューもやってみました。3月の夜はまだすごく冷え込みました。夜遅くまでつきあっていただき2日目も無事終わり大人の文化祭である映画祭は幕を閉じました。

きっとこの企画は今後どうなるのだろう。と思っている方がいるかも知れませんが続けていけるかはわかりません。でも楽しんでもらった人とこれに関わってくれたおそらく300人以上の方と何か面白いことを企画し続けていけたらと思いました。

是非、遊びに来てほしいです。

 

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会場で発表するわたし

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出来上がったICEBOX

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振る舞われた鰤汁

 

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長島の長中

 

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会場の始まる前の準備

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お祭りの様子

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スクリーンにうつる映画を観るみなさん

 

HOW TOよりWANT TOを大事にしたい

想像力を創造力にする。

島TECHを開催しました1月16日ー21日までの5泊6日で、全国から高校生が9名あつまり、高校のない自治体のうちのひとつである長島町で、民泊とWEBサイト制作をするプログラムを開催しました。

メディアキャンプなどもそうですが、僕がパソコンで映像とかウェブとか作ったりすることを仕事にしているわけですが、「なにをつくりたいか」を持っているかが大事で、プログラミング教育とかそういう知識を伝える前に、作りたいものを見つけることが大事だと思っています。

その意味で、今回やったプログラムは第二回目なのですが、生産者の家(今回はヒラメ・鯖・じゃがいも)に民泊させてもらって、その家の家族のような生活をしてそれを伝えるためのウェブサイトをつくるというものです。

魚を捌いたり、仕事の手伝いをしたりして経験した生産者の思いを写真をとったり、取材をしたりしながら、自分たちの経験を追体験させるようなウェブをつくることを6日間がんばってやりました。

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できあがったウェブサイトは、岩塚水産むじょかサバ江口ベジファームの3つです。

それぞれウェブサイトの知識がない学生ですが、僕が講師をやって作り方を伝えていきました。

できあがったウェブをみると、生産者の家族の写真があったり、なぜか社長の結婚写真があったり、お手製の料理のレシピがあったり、360度カメラでとった畑があったり、制作会社に作ってもらうサイトより面白いものができたと思っています。

長島町では生産者だけでなくインターネット上の情報発信がまだまだです。

こういうプログラムを通して、

・教育的効果

・町の情報発信

・交流人口の増加

・後継者問題の解決

に繋がっていけばいいと思います。

 

 

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2016年の振り返り

昨日は車で、三郷のCOSTOKOに行って買い物をしてきました。今日は年末最終日ということで近所の谷中商店街で買い物をしてきました。

来年はどこで正月を迎えるのか、よくわかりませんが2016年も終わりなので備忘録として書いておこうと思うのです。

今年は、自分の仕事をしっかりやることができてきたなと思いました。

1月

年始は福岡と鹿児島で過ごす

沖縄に南川の結婚式に参加しにいく

鹿児島市内でイベントに講演する

 

2月

地域おこし協力隊に仲間ができた

3月

辻調理師専門学校との連携開始

静岡の地域活性化プランコンテストに参加

辻調ツアー開催

4月

車買う

Nセンターの場所とデザインを考える

ハワイに結婚式でいく

5月

メディアキャンプの準備

Nセンターの記者会見

福島の南相馬に視察に行く

6月

武雄市に視察にいく

7月

参議院・統一地方選・鹿児島県知事選

8月

Nセンター開所式

メディアキャンプを開催する

宮崎に行く

9月

モンゴルに旅行にいく

10月

徳山県神山町に行く

11月

島根県邑南町に行く

奄美大島に行く

12月

ロータリークラブで講演する

富山県氷見市に行く

 

 

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1年を通していろんな場所に足を運んで見るものを増やしました。

常に謙虚な姿勢と大きな目標をもっていかないと周りに仲間がいなくなるとおもったのを実践しました。

人の3倍考えて、2倍準備して、人と同じように本番は振る舞う。

そして手柄はとらず、信頼貯金をためていくこと。

これをぶらさずに実施していきたいと思いました。

富山県氷見市で出会ったおじいさんの話

若者のUターンを促進するための奨学金制度「ブリ奨学金」を氷見市で7つの金融機関が協力して協定が結ばれました。

その協定式と意見交換会を兼ねて、21日ー23日まで富山県氷見市に行ってきました。

詳しい内容は、こちらのブログをご覧ください

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学業のために上京して、ふるさとに戻ってきて仕事を見つけたり作ったりしたら奨学金の返済が不要になる制度で、全国に広がっています。

若者を応援するこういう仕掛けは大事だと思うのに一方で世の中、年配者に優遇されているなぁと思った話を書いておきたいと思います。

 

 

さて、その氷見からの帰りに北陸新幹線に乗ってみたくて、新高岡を目指して歩いていたときのことでした。

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バス停まで歩いていると、橋の工事があったようで通常のバスの行路がなくなっていて、あらたなバス停を探している間に、予定のバスを乗り遅れてしまい途方にくれていました。すると、横にいたおじいさんも同じ状況に陥っていました。

おじいさんの荷物をもってあげて別のバスの停留所に2人で歩くことにしました。

そのおじいさんは、氷見市で生まれ、大学で金沢にでていき、仕事で全国を転々として自宅は横浜の旭区にあるといいました。年齢は85歳でした。息子さん(おそらく60歳くらい)が希望ヶ丘高校の先輩だということがわかりました。

おじいさんの実家は海岸線沿いの自宅が氷見にあり、自宅に面した浜が国から買う権利をもらったから200万で買う手続きをしに戻ってきたとのことでした。

僕はこのおじいさんと1kmくらい一緒に歩きました。

バスに乗ると、おじいさんはいろいろ教えてくれました。

「横浜市では、私鉄市営バスは年間8400円払うと乗り放題になるのでどこでも無料でいけるんだ」

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といってこのパスを見せてくれました。

北陸新幹線ができて、JRも老人だけが入れる「ジパング倶楽部」というのに入っていて、3割引きで乗れるチケットがあるから、富山まで片道1万円以下でこれるんだとも教えてくれました

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65歳で定年になったらいっぱい友人たちとゴルフにいったりしていたらしいですが85歳になると6割くらいの友人は死んでるから、さみしいよと言っておられました。そういって富山に戻って、土地を買い戻しているこのおじいさんの背中が少しさみしく見えました。

僕は、聞きました

「氷見に戻って生活したら、どうですか?」

そうすると

「あと長く生きても10年くらいだろうし、今は女房も元気だからいいけど、1人になったらこっちじゃ生きられないよ」

 

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すこし話は飛躍しますが、お年寄りに優しい制度はいいのですが、若者がもっといきいきできる制度をつくっていかないといけないなと思いました。移動にしたって高校生や大学生など時間があってこれからの将来を担う人材がいろんな地域にいけるきっかけを作ることに、鉄道会社や行政はもっと頭を使ったらいいなと思いました。

氷見市のぶり奨学金だったり、地方創生でやっておられることは、こういう社会を変える動きなのだと思いました。

長崎の造船場にいってみた

長崎に予定があって11月末に行ってきました。

長崎は近くて遠い場所だったので実は人生で初めて行ってみました。

長崎市は、三菱グループの会社ばかりで、城下町になっているのだと改めて思いました。なんでそんなにひとつの企業がつくっているのかということで友人のお父様が三菱重工のOBだったのでガイドしていただきました。

1、地理的な歴史

地図からみると中国大陸に対して、入口のように開いている日本の入江が長崎なのでした。この地図の中に、坂本龍馬の海援隊の会社があったところとかみると当時の海運業が世界を見る上で大切なことだったのだと思いました。今でいうと空港とどれだけ近いのかということでしょうか?

2、エネルギーの歴史

なんでこんなに発展仕方って言うと、軍艦島が理由らしいです。

僕は、軍艦島は横須賀の猿島みたいに日本軍の要塞とかがあったものだと勝手に思い込んでいたけど、全く関係なくて軍艦に遠くからみるとみえるだけらしいです。

ここがすごくいい石炭がとれることで長崎に船はいっぱい荷物をもってこれたらしいです。今で言うと、空港の横にジャット燃料がいっぱい湧いているようなものです。

当時はここには楽園があったらしいです。最高級の家電をつかった贅沢な暮らしがそこにはありました。

それが今となっては廃墟になっているのです。時代は変わりました。

3,歴史の今

だから、岩崎弥太郎とかががんばってここで商売していたんでしょう

造船業が石炭の時代から石油の時代に変わり、軍艦島は廃墟となりました。造船業は三菱重工が船をつくっていて日本の護衛艦とかをつくっていてその迫力はすごかったです。

写真をいっぱい取らせていただきました。

 

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燃料がはいるタンクのつくってる途中の中ではしゃぐ私

 

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外からみたらこんな感じ

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設備が超大きい

 

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今つくっているアイーダ・パーラという超豪華客船。

ドイツの会社が買うらしいのですが、18階建てで中はテーマパークのような仕上がりだそうです。

受注額が1000億円で、つくる費用が1800億かかったそうです。つくるだけで800億円の赤字とはすごい世界なのだなと思いました。

くわしくはこちら

 

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1800億円というと、ウェブの仕事とかしていると実業がわかないのですが、こういうものになるのですね。

 

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とにかくでかい。

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写真を撮らせていただきました。

地政学的な歴史を考えるのには、やっぱり見てみるのが大切だなと思いました。

まとめ

歴史はエネルギーのパラダイムシフトで大きく変わるのだと思いました。

石炭から石油、船から飛行機へ技術革新が起こっていく裏側でその街がどうなるのかという歴史を変えていくのだと思いました。

半世紀ほど前に、太平洋に浮かぶナウルという国では、リン鉱石がいっぱいとれて誰もが外車を乗り回し、仕事をしないで、医療費もガソリンもなんでもタダという最高の国だったと聞きました。それがリンがとれなくなって、今は廃墟のようになり取り残された国民は贅沢な生活を抜け出せず、デブばかり。

その日本版が軍艦島なのではないでしょうか?軍艦島の廃墟を見るために、多くの観光客が押し寄せているそうです。

そこに何を見るのでしょうか?

とても勉強になりました。

 

31歳になりました

12月1日に、31歳の誕生日を迎えました。

20代は基本的にはサラリーマン生活をしていたのに比べて、30代に突入して、独自の進路を歩み始めたので、何が起こるか分からないのですが、毎日なんとか楽しく生きていくことができています。

髪の毛の抜ける量と、γGTPの増加の勢いが止まりません。

これからもよろしくお願いします

 

奄美大島にいってきた

奄美大島に11月21日から1泊2日で行ってきました。

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PRセミナーの講師として招かれて、こういうカタチで行くことが できる場所ができてすごく勉強になるなと思っています。

奄美大島には、12の市町村区があって、それぞれに独特の文化があることが 面白く思いました。

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与論島の文化

その中に「与論献奉」という飲み方があります。 グラスに注がれた焼酎を、それぞれのスピーチをしたあとに 一気飲みをするというただそれだけなのですが、延々と続きます。 本当かどうだか知りませんが、与論島に来た人には、与論献奉で 酔わせて、そのまま連れて帰って、子どもを作ることで 与論島は、内地の人との縁と人口減少に歯止めをかけているそうです。

徳之島の文化

また、徳之島は、最長年齢(120歳超え)が日本一多いらしく ご長寿さんが全国の3倍以上の島なのだそうです。 毎日、肉をたべて外で働くからだそうです。 本当だかどうか知りませんが、自然の生き方は健康に大事なことだと思います。 ダイエットとか、デトックスとか、健康法とか、いろいろ世の中では ブームが起こりますが、やっぱり本来健康とは物欲とは結びつかないのなのかも しれません。

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A級グルメの町邑南町(おうなんちょう)に学ぶこと

11月14日から15日の2日間で島根県の邑南町に行ってきました。

場所はこちら。広島から1時間半くらいで車でつきます。

人口1万人で、広さは東京23区全部くらい。端から端まで車で1時間を超える広さです。

9月に放送されたプロフェッショナル仕事の流儀で、食で町おこしをしているすごいところと紹介されていて、キッチンカーの取り組みやシェフを育てる取り組みなど、これは是非みてみたいと思って、行ってきました。

 

img_7427観光商工課の寺本英仁さんに話をいっぱい聞くことができたので、邑南町の取り組みをいろいろ理解することができました。

僕が参考になると思ったことを散文的にまとめていきます

(1)地域おこし協力隊(=耕すシェフ)の活用方法

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まず地域おこし協力隊が今30人邑南町にいます。地域おこし協力隊は鹿児島県内でも自治体ごとに運用が違うしいい話も悪い話も色々聞くのですが今回はとても、すごくいい事例でした。

地域おこし協力隊は、ここでは地域おこし協力隊とは言わず、「耕すシェフ」「アグリガール」など、取り組む内容がしっかり決まって、町の戦略にもとづいてステージが用意されています。

耕すシャフは名前のとおり有機農業を行いながら、町でつくっているレストランの運営をやって実力をつけていき、3年後もしくはそれをまたずに独立していく仕組みがありました。活動費は、農地の改修や料理教室など新しい仕組みに使われて全体としてA級グルメの町をつくるためにちゃんと使われています。

人口は純増しているそうです。定着はした方がいいけど、そんなに期待しすぎず30%くらいが残ってまた循環していけばいいという考え方は、移住とかを目的とするんじゃなくて、そういう人の思いを大事にする雰囲気が人と町を育むんだろうなと思いました。

(2)ホンモノをつくる A級レストラン

地方にはA級の素材があるのに、A級のレストランがないのがもったいない。一流シェフは実は地方出身者が多い。地方こそ宝の山というのが、体現したようなレストランがあります。 img_7409

ajikuraは、町営でスタートさせたレストランで、ちゃんと採算があうようになっています。客単価がランチ5,000円くらいで、有機農業でつくったものをちゃんと地元で売ることでちゃんと文化になっていくのだと思いました。

img_7400全国でも有名な奥田政行さんが邑南町の食の取り組みに協力をしていたり、今のオーナーは元ジャッジョーロ銀座の佐藤さんがやられていたりしました。ホンモノを巻き込むために地道にがんばってこられたとのことです。(島根でルクサの話がでてつながりを感じました。)

有機農業も科学的にやっていて、BLOF理論という(僕は詳しくはわからないのですが)土壌をちゃんと調べながら、その土壌にあった野菜をつくっていくことをやっていました。特産品だからとかじゃなくて、使いたい野菜をつくるための土壌をつくって生産をしているので、これはどこの場所でもできることだと思います。それだけじゃなくて、つくった野菜の出口もつくろうと、JOAAという会社をつくって販路の確保もやっておられます。

また、食を観光客向けのものだけでなくて、みんなのものにするためにキッチンカーを走らせたり、実験レストランといって、耕すシェフが試作品の料理を出すお店があったり、料理教室をやっていたり、郷土料理の本をつくったりととにかくいろいろ始まっていました。

(3)立場のなかでできることを最大にやることの大事さ

制度は、縛られるものではなく、使うものなのだと改めて思いました。既出の地域おこし協力隊の例もそうですが、寺本さんは公務員でおられながら、観光協会を立ち上げたり、牛を育てたり、やれることを全部やっている感じがしました。

img_7457醸し出す雰囲気は、ベンチャー社長と似ていました。目的を達成するためにできることを全部やる。GET THINGS DONEです。

 

 

それらをみて、僕達でやりたいなということになったのが

(1)自分たちの町にもレストランを作る

(2)交流事業を次の展開にもっていく

(3)食育とかにも取り組む

という話をしていました。こちらはまた追ってお知らせしていきます。

 

徳島県神山町の地域づくりを見て来ました

この3日間、徳島県の神山町と香川県高松市の瀬戸内海に浮かぶ男木島(おきしま)に行ってきました。

実は初めて四国に行ったのですが、今後やりたいこととかイメージが深くなったのでブログに書いておきます。

今回はまず神山町について。 カフェ・オニヴァNPO法人グリーンバレー理事長の大南さんの話を聞いたり、アートレジデンスで イベントみにいったり、いろいろやりましたし取り組みも勉強させていただきました。

いろいろでているので そこあたりは省略します。

この本を買って読んで見てください。

神山町の町づくりでの発見

(1)多様なプレイヤーがつくるなんともいえない統一性

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神山町には、地元のおっさん・Iターンしてきた芸術家・サテライトオフィスで働く会社員 変わらない生活をしているじいさんばあさんが、なんとなく似たような雰囲気を持ち合わせていました。

多くの空き家が改修され、様々な利用方法で使われているのですが、どれも奇抜なものはなくて全体として統一感のある街並みをつくっていました。

これは、地元のありあまる木材を利用しているからというだけでなくて、過去へのリスペクトがあるなかで時間をかけてつくられている風景なのだと思いました。

その空気に人も似て行くのだと思います。野外音楽フェスのときに感じる雰囲気に近いものが有りました。アメリカンスピリッツが似合う森でした。

神山塾という就業支援の塾の卒業生が、いろんな人を呼んできているようです。 そういう仕組みが大事なのかなと思いました。 僕の周りだと社会創発塾とかがあるので、そういう人たちを呼んでくることから はじめていったらいいのかなと思いました。

(2)オフィスをつくるのではなく、雰囲気をつくる

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サテライトオフィスは、たしかに古民家を改修していてカッコよかったのですが 建物がいいから来るのではなくて、街全体の雰囲気があるから、建物をつくってそういう場所で仕事をする人が集まってくるのだと思いました。

雰囲気づくりを疎かにして、古民家改修をどんどんやったり、お金をかけてやるのは 本質じゃないと思いました。

(3)ワカモノ・ヨソモノ・バカモノ+ホンモノ

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大南さんの言葉で、なるほど!と思いました。 多くの地域では、どこの道の駅でも特産品を売っていますがどれも似たような価格帯。もちろん値段がすべてではないけど、たとえばカフェオニヴァでは 客単価5000円以上・ランチは3000円のコース料理がちゃんと売れています。

それから、この杉を加工した器をつくっている「SHIZQ(しずく)」は 1つ1万円以上。手間暇かけてホンモノを作っているのです。

あと印象的だったのが、レストランでは、「料理」を売っているのではなくて 「ライフスタイルに共感してくれる人にサービスを提供」していることだということ。

お客が入ってくるようになると忙しくなるので、通常だと利益がでたらそれを投資に回して 人を採用したり、設備投資したりしてより多くの売り上げをあげようとしますが、ここではスタッフ全員で 話し合って、みんなの休みを増やすことにしたらしいです。

週2日定休が売上が上がって、週3日定休です。それから1年のうち1ヶ月はワインを探しに 海外に全員でいくから休むらしいです。

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そういうライフスタイルをいいと思う人が、あつまり町を作っているのだと思いました。

で、やろうと思うことは

(1)Airbnbをやる

いまコンテナハウスを自宅前につくっているのだけど、観光でやろうとか 思っていたけど、そうじゃなくて文化交流だったりいろんな化学反応を起こすためにも やろうと思います。

(2)ホンモノをつくる

宿泊も一泊1000円くらいしかとれないと思っていたけど、ちゃんとつくって 僕のところしか体験できないホンモノをちゃんと料金を取ってつくろうと思いました