息子が生まれた日

今日、息子が生まれてきてくれました。

この日のことを記憶が鮮明なうちに書き記しておこうと思います。

出産予定日の3月15日今日、しっかり生まれてきてくれました。

3月11日月曜日に東大病院に診察に行った時には、まだ子宮口が開いてないからということで出産時期は遅れるといわれていました。なのでこの1週間、妻といっしょに散歩するのが日課になっていました。

昨日14日は、千駄木から御徒町、そのあと本郷のスムージーを飲みたいと10㎞くらい散歩をしました。そしたら、午後9時半くらいからみゆきがおなかが痛い痛いと言い出しました。陣痛前駆だという話をきいていて、そういうものなのかなぁと思っていました。寝る前からずっと痛い痛いといっていて、11時半に東大病院に電話しました。様子を見るとのことでした。深夜の1時にやっぱりこれは陣痛かもしれないということで電話をすると2時に病院にいくことになりました。

みゆきが準備していた出産グッズをもって出かけました。

3月も中旬ですが、肌寒い夜でしたが、とても天気がよかったです。

和通分娩といっていたくない方式で出産するはずだったけど、深夜は時間外ということで対応せずでした。

着いたら着替えて、ずっと背中をさすっていました。子供の心拍数と陣痛の痛みの数値がモニターに表示されていました。

心拍数は150の数値をさしていて、その音が増幅されてずっと部屋に響いていて、陣痛の痛みレベルは一桁なのだけど定期的に数値があがっていきます。数値が上がるとみゆきは悲痛な痛みを叫ぶのでした。僕はできることは背中をさすったり足をもんだりするだけでした。コンビニにみゆきのごはんを買いに行ってきました。おにぎりと飲み物を買ってきて、診察の合間にぼくがそのおにぎりをたべようとするとみゆきはあんたは遠足気分かもしれないけどこっちはそうじゃないと怒られました。余裕がないのでそういうことを言うんだろうなぁと思っていました。

1時間に1㎝ずつ子宮口が開いて10㎝になると分娩できるといわれました。2時について、7時くらいまでずっとそんな感じでした。

7時にOKがでると分娩室に入ることになりました。その間も悲痛な痛みの声を何回も聞きました。隣の部屋からも同じような悲鳴が聞こえてきました。

予定通りに道はできたから分娩室での出産が始まりました。僕はイキむときにあたまを持ち上げるところを手伝うことを助産師さんに言われました。陣痛の数値が高くなると僕は頭をもちあげます。ひいひいふーみたなラマーズ法はまったく使いませんでし                                             た。                                            

あと少し、とか、髪の毛はもう見えているとか助産師さんは言って元気づけてくれました。でもなかなか出てきません。

1時間くらい頑張ってると、夜勤の先生から昼の先生に交代が告げられました。そのなかでも経験のありそうでえらそうな先生がきてくれて、もう少しで出てきそうだけど、あたまが大きすぎてこのままだと出てくるのに2時間くらいかかる、陣痛促進剤をつかってみてそれでもだめなら、引っ張ったりするといわれました。同意書をそこで書くことになりました。みゆきは余裕はなくて、聞いてるようで何も聞いてなかったです。すでにはじまって8時間くらい徹夜で戦っていました。

いったん10人くらいの先生がいたのに、その先生が一度下がっていきました。体制を変えて点滴から薬が入るので準備することになりました。飲み物を買いに行って、状況をみゆきの両親に伝えようと外で電話をしていました。

そして分娩室に戻ろうとすると、助産師さんが急いで僕のほうにやってきました

「もう生まれますよ!」と

慌てて戻ると、分娩室での格闘が再開していました。陣痛数値をずっと見て、高くなりだすと深呼吸してぐっと力をいれます。よこでずっと支えていました。「がんばれがんばれ」といって。

取り出されたのが、真っ青な赤ちゃんでした。赤ちゃんは最初まっさおでした。おぎゃーと泣き出しました。僕も泣きました。それをみゆきがみて笑いました。元気な赤ちゃん、3364gで生まれてきました。大きさはふつうらしいけど、頭の大きさが大きくて産道をとおれなかったそうです。赤ちゃんはみるみる赤くなっていきました。タオルで吹かれたあかちゃんはみゆきの横にやってきました。写真を1枚とりました。

隣の部屋でぼくはあかちゃんと2人になりました。左目しかあいてなくて、僕の顔をずっと見ていました。元気に生まれてきてくれてありがとうと何度も言いました。体重を図ったり慎重を図ったりしましたが、こんなにあかちゃんと最初から一緒にいられるんだとびっくりしました。髪の毛もしっかり生えていました。落ち着くと分娩室で2時間くらいみゆきと3人の時間がありました。座間のお母さんがきてくれました。初孫に喜んでいました。

きっとこの日のことを僕は一生わすれないのだと思います。この日のことをこの子に伝えてあげたいと思います。入院手続きが済み一回家に帰りました。疲れで寝てしまいました。この日のことを忘れないように、この日の日経新聞も買いました。

平成最後に生まれたこの子はきっとこれから100年生きるんだと思います。子供は希望です。

これからの生活が楽しみでなりません。生まれてきてくれて本当にありがとう。

 

 

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