焚き火の跡の寂しさのにおい

はて、この静けさと優しい香りはどこからやってくるんだろう。

授業で映画を撮るんだけど、昔ながらの駄菓子屋をテーマにしたもので駄菓子屋のババアが不器用な優しさを見せるっていう内容なんだけど。
舞台は田舎の風景がたんまりある座間である。

駄菓子屋のロケ地も話がついてちゃくちゃくと準備は進んでいるけど、人手が足りないのでまぁ手伝ってくれたら助かるかなぁって書いておこう。

昨日は座禅に行った。
鎌倉の建長寺に行った。

静けさの中で精神が洗練された。と言いたいところだけど道路が渋滞で、時間に10分くらい遅刻してしまい坊さんの脇で自主座禅というストイックな座禅にチャレンジした。
夜風と雨が身にしみた。

というわけで今から京都に行ってくる。
僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって♪だけど理由はめんどいのでカット!

一区切り

おつかれさま
長いプロジェクトがひとつ終わって打ち上げた花火は夜空に高く上がっておおきな光を放ってすぐ消えた。
実際にコンサルティングの仕事とかする人は本当しんどいと思った。

大学の研究は答えがないし、導き出す方法論もないから本当に難しい。しこしこ机に向かってやってきた勉強の4倍難しいと思った。

まぁいい経験って言ったらそれはそれで、これが就職活動とかになったら嫌になるだろうなぁ。一年後、シュウカツをまじめにやっているのか不安が募るばかり。

といえ、一難さってまた一難。
山積みの課題がいっぱいおっぱい。

また新しい挑戦じゃぃ

出張おでかけサービス

正直、日本ならちょっと本気だせばたいしたお金をもっていなくともどこでも行けると思う。その気になれば。

海外だって、本気だせば気の向くまま行けるだろうと思っている。

小学校のころは座間の入谷地区が僕の行動範囲だった。
中学校にあがると座間・大和・海老名・厚木と県央地区を走り回っていた。
高校になると横浜がテリトリーになってMM21とかデートしたりしていた。

そんで大学になって、基本は湘南台だけど、範囲は広がったよ。

日本語はけっこう得意だから、迷子になったってへっちゃら。
僕は知らない道を歩くのが好き。

見たことない景色と弾む会話。

そんな描写にあこがれる。
僕の右隣を歩いてくれる女の子が居てくれたらたまんない。

今週の日曜から京都に用事があって授業ばっくれで行くことにする。
ついでだから、京都の親戚のうちに顔をだしてこよう。
ついでだから、大阪のばあちゃんちにもいってこよう。

そんなもんだから、僕は放浪癖があるように思われる。
出かけるのは強迫観念からじゃない。

あぁー、夜道バイクを飛ばしながら人間関係は複雑だなぁってふと思った。

ひげ

僕はひげを伸ばしていた。
ひげを伸ばしていると大人っぽく見てくれるので、うれしくて伸ばしていたりしたんだ。
屋久島に旅に行ったときからずっと剃らないで大事にしていた

3センチくらいに伸びた僕のかわいい髭なんだけど、今日きれいに剃ってしまった。髭。髭。卑下。

あさって大事なプレゼンがあるので、思い切って剃っちゃったんだけどなんか少し物寂しい感じ。
あぁ?あ

僕の高校のときの部活では、”ひげ”は最大の汚点だった。
というのも、一つ上の学年にちっちゃいおっさんみたいな先輩がいて、髭がいつも無精ひげっぽく汚く生えていて、あだ名は”マリオ”だった。

マリオは練習になると高音の声で掛け声を出すんだ。だから、それがうざくてうざくて後輩の僕らは陰で悪口を言ったりしたんだ。
マリオは女好きで女子ハンドと練習が一緒にやるとなると異様に力を出すんだ。
女子に積極的に体でぶつかってディフェンスをする。いやらしい
いつも学食ではカレーを食べていた。230円だったっけ?
そんなマリオは今は東北にいるらしいけど、また会うこともあるのだろうか
「いつか話せよ。また出会ったなら♪」

僕らの間ではひげを伸ばすと、マリオのように扱われるので髭を伸ばすことはタブーだった。
それはイスラムの精神と対立する考えである。なんちって

マリオは語ればキリがないんだけど、髭はダメだった。髭はやっぱりダメだったんだ
だけど、それはそれで、かっこいい髭もあるんだって思う。

今、森達也監督作のオウム真理教のドキュメンタリー「A]を見てるんだけど、なんだかなぁ

石橋を叩いてわたらない

慎重派といえば聞こえはいい。
床掃除のときは、雑巾を足でやるほどの大胆なことも先生がいるまえでは決してやらないんだ。

今日思ったことは、明日は早起きしなければならなくていやだなぁってことだよ。

面白いことは今日もかけないや

まったく楽しくでしょうがない

湘南台にJAZZレストランがあるのをご存知でしょうか?
今日そこでSFCのOBOGとかと謎な食事を食べました。

類は友を呼ぶ。
放浪癖のあるものは放浪癖のあるものを呼ぶらしいです。

あるSFCの先人は、アフリカ大陸から日本までチャリで3年半かけて帰ってきたらしいです。
あるSFCの先人は、誰にも注目されないにもかかわらず、東京から大阪まで走ったらしいです。
あるSFCの先人は、北海道から九州まで走っている最中らしいです。
あるSFCの先人は、村をつくるらしいです。
あるSFCの先人は、世界一周をすべく旅立つらしいです。

僕も放浪しなくちゃいけないと謎なプレッシャーにかけられた。
SFCにはヒッチハイクサークルというものがあるらしいので是非阿久津と入ろうと思ふ

東京タワー

阿久津氏から借りた長編小説のこれはとても良かった。
それをたとえるなら、読み終えたときになぜかポわーっとする気持ちになる。誰もが少年の気持ちを忠実に描いていてもうたまらんわ。下ネタじゃないリリーフランキーは良い文を書きますわ。涙が止まりません。 わたくしごとだけど、僕らは大人にっぽいことを親に悟られるのを嫌がるんだ。
たとえば、今でも僕がパンツをブリーフからトランクスに変えたときのことを今でも鮮明に覚えている。たいてい小学生はみんなブリーフをはいてて、お茶目な子は前の部分を黄色く染めちゃったりしている。 大人はトランクス。子供はブリーフ そういう図式がいつの間にか出来ていた。
小学校の修学旅行の時期くらいになると、その変化の過渡期でクラスの半分くらいがトランクスになっている。体の変化の大きい小学生にとっていろいろ悩みはあるものだ。友達は小学校の修学旅行のときにちんげを剃ったらしい。当時、生えているほうがマイノリティだったから。 まぁそういう変化はあるにせよ、僕にとって
「おかあさん、トランクス買って。」
って言うのは恥ずかしいことだった。 小学6年の時だった。
僕は盲腸をこじらして腹膜炎になって生死をさまよったことがある。
盲腸が膿ではれておなかがパンパンになっていた。
そんな体が限界になったときに僕は母に告げた。 「お母さん。おなかが締まってきついからトランクスにしたい・・・」 ブリーフのゴムがきついことを言い訳に、しかも体がボロボロのときに、僕は母に打ち明けた。 母さん、そんな僕も今ではボクサーパンツ派です

蚤の市

今日は朝から雨だったので、起きたくなかった。荷を運ぶのに精一杯な感じである。
車で学校に行ったはいいものの今日一日で湘南台⇔慶応大学間を4往復くらいした。まじで半端ない。

午後から雨もやんだので、予定通りフリマをやることにした。
けんちゃんが家から野菜を積んできてくれてさんまちゃんが家からなべとか持ってきてくれて売りながらなべを囲む。
なんとも居心地のいい空間であった。

なんたらしていたら、夜になっててメインの花火も取り巻くカップルを横目に見て、グダグダしてから結局サークルの飲み会に行きました。

こじんまりとした空間に20数名が入ってうだうだ酒をのんでいるんだけど、まぁ車もあることだしビール一杯でやめていたのに、途中から顔があつくなって頭が痛くなってきた。
たばこの吸いすぎか酔いがまわったのか知らないけどあたまがぱぁーんとした。

終了後、車に乗り込んだらやっぱり少し気持ち悪いしやってらんねぇってなった。こりゃ、酔ってるんだろう。つかまったらおしまいだと思うことによって捕まらないように気をつけて、警察が検問とかしてないことを祈った。今まで2回、検問を通ったことがあるけど、そんときは飲んでなったので問題はなかったんですけど、今日はチキンの僕は少し神経を尖らせた。
すれ違うパトカーにドキッとしたりした。

なんとか帰宅してみるとどうやら熱があるみたいだ。
明日休みじゃないのがやってらんない