富士の頂にて

のぼってきたよ。富士山。
”富士山に登らぬバカ。二度登るバカ”というらしいけど僕は3度登ったから相当のバカであります。
しかぁぁぁぁし、あの雲の中から突き出す虹の美しさ、夕日が雲を赤く染める壮大な景色。すべて言葉を連ねるだけじゃあ伝えられない。

ということで、写真とか今度アップします。

帰りの新幹線で、NANA的な出会いをした。音楽関係の魅力的な女性が横に座ったんだ。
だから話が弾んで、なんかコーヒーも一緒に飲んだりしたんだ。

だけどNANAと少し違うのは、女性が中年だったってことかな。
そんな風に like this!!

たとえばさ

たとえば君の中に僕がいて彼の中にも僕がいて、それで僕のなかに君がいて僕の中に彼がいたら、それは素敵なことじゃないかな。

僕という存在が自己の中で完結しているものとは思わない。それは誰かを思いやるとかそういうレベルじゃなくて、ほかの生命の中に自分がいるっていうような感じ。「自分」は「自然の中の分」って意味で、自然ってのは決して”人工”と反する意味じゃなくて、僕を含めた想像力の考えうる範囲すべてをさす。

たまに思う。寝ている時の夢って誰かほかの人の考えを映し出しているようなそんな感じ。

そういう風に考えれば、すべてのことにリアリティがもてる。もっとセンシティブになれる。そんな気がした。

僕は今日はついていたんだ。まず携帯を返してくれた榎本さんの優しさで僕の心は優しさの洪水にあってしまったんだ。それから、警察にもバイクの二人乗りを注意されただけで減点されなかったし。

そういう感じです。つまりは明日は富士山に行くわけじゃないですか。僕ね。
富士山に登るのは実は3回目だけど、登ったらまたなんか発見できるのかな。できないのかな

太陽とシスコムーン

太陽の中、寝ては一日が終わってしまうと思い無理して部活にでた。部活は短くおわり暇になった。寝ては一日が終わってしまうと思い、みどりやという高校のそばにある駄菓子屋にいった。僕の将来の夢は定年後、駄菓子屋を開くことです。
ばばあは相変わらずお菓子を売っていた。「俺のこと覚えてる?」って聞いたら「大人になったからわからないよぉ」とはぐらかされた。そういうおちゃめなところがあるからかわいい。
みどりやのおばちゃんは白内障で来月手術するんだって。成功するらしいけど心配だよぉ。本当に。

だから、「きっと大丈夫だよ。おばちゃんには元気をもらったから僕らが元気を分けてあげる」といってあげた。それで駄菓子を大人買いしてあげた。そしたら、久しぶりに来てくれた御礼に10円分すきなのをとっていっていいよっって言われた。
「たかが十円。なんて思わないよ。おばちゃん。ありがと。気持ちがうれしいよ。」

そんで今日は八ちゃんラーメンに行った。横浜隼人高校の脇にあるラーメン屋で毎月8のつく日8日18日28日はラーメン一杯200円になるので、日付があうと行くことがあるのであ?る。

食事を終えると太陽がサンサンと照っていたので、僕は気持ちがよくなったので茅ヶ崎の公園に一人で行った。木陰に入り、うとうと昼寝をした。回りでは仲のよい家族が遊んでいた。そんな家庭をいつか作れるのかなって思ったような思わなかったような。そんな午後。気まぐれな太陽のせいで木陰は常に位置が変わり、日に焼けた。

目を覚ますと、海が見たくなった。茅ヶ崎の海にでた。サーファーがいっぱいいた。海は汚かった。太陽のひかりを浴びて海水と打ち上げられたペットボトルがキラキラ輝く。
腰を下ろし、海を眺めていた。

夕暮れどきになったので僕は岐路にたった。相模川沿いに帰るコースを設定した。もちろん、コースからずれるから結局は適当だった。

途中に気がついた。携帯がないことに。
帰りの運転中に電話にでた記憶があることから、どう考えても僕の左のポケットから携帯は落ちたに違いない。音楽聴いてたし、徹夜明けだったので落とした音に気がつくはずもなかった。

探したさ、でも結局見つからない。だから、僕の電話に連絡しても今はつながりません。
中学校からのメモリで500件近くあったダイヤルが、一気になくなった。

本当に太陽は罪なやつだ

幸せなら手をたたこう!!

普通の人とはちがった時間の使い方をしてるね。
さっき、朝の7時半に帰ってきたら小田急線ではみんな疲れた顔して出勤していました。

虫は高らかになき、涼しい風が木陰には吹いています。

もっと幸せそうに生きようじゃないか!!

僕はといえば、徹夜でNANAを読んでいましたよ。夏だし。
これからハンドしに希望ヶ丘高校に行ってきます。忙しいったらありゃしない!!!ってこともないのだけれど

ばかばっか

今日はまじめに書こうと思ったけど、どうせまじめに日記みたいにあるかないか分かんない人生観とか書いても、パソコンを動かす電気代がもったいないので、書くのはよそう。

ばかばっかとかいってばかばかしくなったのはばかがばかだとおもっているから。

boolean baka_doi;
 if(baka_doi=true){
  System.out.println(“馬鹿って言わないで”);
}else{
System.out.println(“今に見てろよ。天下とったる);
}

笑ってください。笑われていこうや。

航空券

安い航空券がほしいんだ。

そうそう、もうこんなで夏が来ちまったじゃんか。
今日も忙しいそぶりをまったく見せずにスローな一日を過ごしてやったぜ。昨日の夜に見た夢が現実っぽくなりそうで怖くて怖くて眠れない。
夏の予定が決まってきた様子だ。とりあえず、無鉄砲な旅を何発かするはずだ。

雨がやまないこの町は僕を感傷的にさせる。この雨は大地にしみこみ、地下水となって川に流れ込むんだろう。僕の目の前を今通り過ぎた水滴はきっと相模川に流れていく。

相模川は僕にとって一番愛着のある川なんだ。いろんな思い出がある。
まず、僕の母校、座間市立西中学校が川の目の前にあったんだ。マラソン大会で相模川に沿って何キロも走らされたりして、半端なくいやな思い出だ。
釣りをしようといって中学生のときに自転車でいって釣堀っぽい感じなところで釣れないからって裸になって泳いで、小便して、はしゃいでたら周りで釣りをしているおっさんに怒られたことがあった。魚は数匹死んだだろう。
中学のバスケ部の親睦会で相模川でバーベQをしたのも中学生のころのこと。

高校になってもお世話になった。少し思いにふけると川を眺めたりしていた。
何もしたくなくなったときに相模川に沿って海まででようとチャリをひたすら飛ばしたら、大事なことに気づけたりもした。
でも何よりの思い出は高校の部活の引退後のこと。派手に騒いで、川で裸になって飛び込み、あれもこれも全部でちゃってて、もう訳わかんないけど、とりあえず花火はしたような思い出。
そのときの写真がこれ。

引き締まった体が懐かしい。
なんでこんな思い出話をするかっていったら、この写真が出てきたからなんだ。

相模川で花火があるのが8月6日。厚木の鮎祭り。
大学も地元ってのは良いのか悪いのか・・・いろんな思い出がオーバーラップする。とりあえず僕を作ってくれた環境にお礼を言ってみたい

雨のち雪

今日は雨降りだからといって明日が晴れるわけでもない。
僕がSFCに初めてきたのは高校2年の夏前のこのくらいの時期だった。大学にあこがれていたときのことだった。僕はたしか福田忠彦教授の研究会の実験台になるべく初めてSFCに行ったんだ。それから、たしかハンド部のヤスと恭兵と3人でいった。湘南台の駅がきれいでびっくりしてたしか西口のマックで500円でバリューセットを食べてそんでバスにのってキャンパスに入ったんだ。すごく遠くに来て、すごくきれいな建物で、「すげぇすげぇ」と連呼しているだけだった。

その実験のバイトでお金を手にして、キャンパスを歩き、いまはサブウェイとなってしまったラウンジの食堂でおでんか何かを買って、「おばさん、僕、勉強がんばって、この大学きますっ!!」って言ったら、相当テンション低く「まぁがんばりな」って返答された。

それから、湘南台までバスで戻り、駅前のバーミヤンで夕食を食べたんだ。高校生のくせになんかバーミヤンで梅酒とかカシスオレンジとか頼んでたら、年齢を確認されてビビったような。でも友人の恭兵は顔がふけているので「成人しています」と彼がいったら店員は首をかしげて戻っていった。

あれから3年の月日が流れた。
いま、いる環境もだいぶ変わった。出会えた人も三桁を超える。
見える世界は広くなったし、見たいものも多くなった。けれど、この小型船土井号の行く末は定まらない。

「ヒトの想像力を拡張するセンスウェア」

これを作りたい。僕に想像力をください。そして創造力をください。

ひまわり

ひまわりを3時間くらい見ているだけの遊びがしたくなった。
さっき部屋にゴキブリがでたからゴキジェットで一蹴してやったら、いま横でピクピクしてる。

僕はたしかにゴキブリがすきじゃない。でもなんでだろう。
たいていの人がゴキブリを好きじゃないっていうけどなんでなのだろう。

僕は中山エミリが嫌いだけど、好きっていうひとも多いはずだ。
レベルが違う気がするかも知れないけど、人間がゴキブリを嫌いなのは先天的なことなのでしょうか、それとも環境によって決まることなんでしょうか。

そういえば、僕の両親もゴキブリが嫌いです。だからかな?
それとも電子に刻まれてるのかな?

今日も満月なので、このゴキブリが幸せな来世を迎えられるようにと祈りながら、地震の防災について考えることにした

たそがれ時のさすらい人

きょうは書きたいことがいっぱいあった。「相模川と僕」「大学に入って影響を受けた人たち」「スローライフについて」なんてテーマで書こうと思ったけど、それはまた今度なり

大学の校舎を飛び出すと僕は自由になった。
風の色も木々のにおいもちゃんと捕まえられた。颯爽と走り抜けるにはもったいないような天気。僕はちょっと遠回りをして帰ることにした。
いつもより早い帰宅の時間ってなぜか遠回りをしたくなったりする。高校の帰り、チャリがおいてあるかしわ台という駅から目久尻川の上流を目指して旅に出たこともあった。もちろん独りで

そんな感じで今日は綾瀬をひとりで探検してきた。これを読んでいる諸君は綾瀬を知ってるだろうか?蝦夷や大阪のアホなんかは綾瀬とかそういう単語すら知らないのでこまる。それから横浜にすんでる奴は自分を浜っ子とか名乗り、ハマコーでもないのに他の市を知ろうともしない。湘南ボーイもしかり。

まずは神奈川をおさらいしよう。

これが神奈川の大まかな地図である。SFCのある藤沢は神奈川の南に位置し、中心に位置する座間と藤沢の間には綾瀬市がある。綾瀬には駅がない。

昼過ぎの綾瀬は気持ちがよかった。裏へ裏へ進んでいくと、ラブホテルがあったんだけど、昼のラブホではおばさんがシーツを洗濯しててなんか清々しい光景であった。
そこを行き過ぎると綾瀬の工場群に入ってしまった。なんかアズベストとか騒いでるけどそういうのいっぱ